2021.10.31「エレミヤの葛藤 エレミヤ書20章」

旧約聖書時代の預言者は、神の御言葉を取り次ぐ重要な役割を担っていました。

モーセからサムエルまでは、「王」「祭司」「預言者」の役割を兼ね備えたリーダーが活躍しました。

 

イスラエルの民たちは神からの特別な守りがあるため、他国のように「王」を立てることはありませんでした。

それは、神のご意志によるものでした。

ところが、イスラエルの民たちは、「自分たちにも他国のように王が欲しい」と願いました。

そこで、神はサムエルに命じて、イスラエル最初の王、サウルを任命しました。

 

それからは、「王」「祭司」「預言者」の役割を別々に立てられた者が担うようになりました。

預言者は、権力を持ち、おごり高ぶり、間違った方向に行こうとする王や祭司たちを、神の御言葉をもって、戒める役割を担っていました。

 

特に、B.C.922年ごろにソロモン王が死んで、イスラエル統一王国が、北イスラエル王国と南ユダ王国に分裂してからの預言者には、過酷な運命が待っていました。

 

統一王国が分裂し、北王国も南王国も滅びて、民たちはバビロンに捕囚され、後にエルサレムに帰還するまでの間は、約500年ほどありました。

その間に活躍した預言者たちは、エリヤ、エリシャから始まり、預言書が残されているヨエルからマラキまで18人いました。

 

エレミヤは、その500年の後半に出てきますが、ヨシヤ王をはじめとした5人の王に仕え、南ユダ王国が滅びるまでの40年間、まさに激動の時代に預言者として活動しました。

エレミヤは、「涙の預言者」と言われるほど、苦難に満ちた預言者生活を送りました。

 

本日は、聖書に出てくる、『預言者』という存在について、焦点を当ててみたいと思います。

預言者として召された者の葛藤や不思議さについて、エレミヤを通して見ていきましょう。

 

◆エレミヤの葛藤

①預言者たちは迫害を受ける

 

本日はエレミヤ20章です。

時代は、エレミヤが仕えた三人目の王、エホヤキム王の時代です。

主はヨシヤ王が戦死した時から、南ユダ王国を滅ぼし、エルサレム神殿を崩壊させ、ユダの民たちをバビロンに捕囚させることを決めておられました。

 

エレミヤ19章で、エレミヤは主の宮の庭に立って、民全体に主の御言葉を語りました。

 

<エレミヤ19:15>

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「イスラエルの神、万軍の【主】はこう言われる。見よ。わたしはこの都とすべての町に、わたしが告げたすべてのわざわいをもたらす。彼らがうなじを固くする者となって、わたしのことばに聞き従おうとしなかったからである。」

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エレミヤの言葉を聞いていた祭司パシュフルは、エレミヤを捕らえました。

 

<エレミヤ20:1-2>

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20:1

さて、【主】の宮のつかさ、また監督者である、イメルの子、祭司パシュフルは、エレミヤがこれらのことばを預言するのを聞いた。

20:2

パシュフルは、預言者エレミヤを打ち、彼を【主】の宮にある、上(かみ)のベニヤミンの門にある足かせにつないだ。

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エレミヤは、ヨシヤ王の時代から活躍しているので、この時、預言者活動は20年を超えていました。

王たちの周りにいた「にせ預言者」たちは、「平安だ、平安だ」と耳に心地よい預言ばかりしていました。

そんな中でも、エレミヤだけは、さばきや滅びの預言をし続けて来ました。

 

エレミヤは邪魔者扱いされ、暗殺を計画された時もありました。

かなりの有名人だったと思われます。

祭司パシュフルは、「また、あいつか!」と思って捕らえたのかもしれませんが、思い直してエレミヤを釈放しました。

 

<エレミヤ20:3-6>

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20:3

翌日になって、パシュフルがエレミヤを足かせから解いたとき、エレミヤは彼に言った。

「【主】はあなたの名をパシュフルではなく、『恐怖が取り囲んでいる』と呼ばれる。

20:4

まことに【主】はこう言われる。見よ。わたしはあなたを、あなた自身とあなたの愛するすべての者にとって恐怖とする。彼らは、あなたが見ている前で、敵の剣に倒れる。また、わたしはユダの人すべてをバビロンの王の手に渡す。彼は彼らをバビロンへ引いて行き、剣で打ち殺す。

20:5

また、わたしはこの都のすべての富と、すべての労苦の実と、すべての宝を渡し、ユダの王たちの財宝を敵の手に渡す。彼らはそれをかすめ奪い、略奪してバビロンへ運ぶ。

20:6

パシュフルよ。あなたとあなたの家に住むすべての者は、捕らわれの身となってバビロンに行き、そこで死んで、そこに葬られる。あなたも、あなたが偽って預言を語り聞かせた、あなたの愛するすべての者たちも。」

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エレミヤは、祭司パシュフルに対して、ものすごい勢いで、神からのさばきの預言をぶつけました。

神の宮で仕える祭司でありながら、主の預言者であるエレミヤを捕らえて身体を打ち、足かせにつないで迫害した罪は重いはずです。

祭司パシュフルは、エレミヤが語った通り、『恐怖が取り囲んでいる』状態になったことでしょう。

 

◆エレミヤの葛藤

②預言者たちの不思議

エレミヤは度重なる迫害に耐え切れず、主に訴えました。

 

<エレミヤ20:7-8>

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20:7

「【主】よ。あなたが私を惑わしたので、私はあなたに惑わされました。

あなたは私をつかみ、思いのままにされました。私は一日中笑いものとなり、皆が私を嘲(あざけ)ります。

20:8

私は、語るたびに大声を出して『暴虐だ。暴行だ』と叫ばなければなりません。

【主】のことばが、一日中、私への嘲りのもととなり、笑いぐさとなるのです。

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エレミヤは主に、「あなたに惑わされました。あなたは私をつかみ、思いのままにされました。」と訴えます。

 

確かにエレミヤは主から預言者としての召しを受けた時、「私はまだ若くて、どう語ってよいか分かりません。(エレミヤ1:6)」と答え、あまり乗り気ではありませんでした。

しかし主は、御手を伸ばしてエレミヤの口に触れられ、主のことばを与えられました。

 

神が、その御手で直接口を触れられた預言者など、他にいたでしょうか。

おそらく、その瞬間、圧倒的な臨在の中にあって、主の栄光が満ち満ちていたことでしょう。

 

それからエレミヤは、「主が特別に私を選んでくださった」という、主からの慈しみを誇りとして、預言者として忠実に従ってきました。

 

しかし現実は厳しく、主の御言葉を語るたびに、人々からは一日中嘲られ、笑いぐさとなりました。

「誇らしかった」気持ちが、「惑わされた」という愚痴に変わってしまいました。

 

エレミヤは、迫害を受けただけではなく、私生活まで主からこのように命じられています。

 

<エレミヤ16:2>

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あなたはこの場所で、妻をめとるな。息子や娘も持つな。

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そのため、エレミヤは生涯独身で、子どももいませんでした。

彼は、故郷のアナトテの人々から命を狙われ、苦難をともにしてくれる仲間もいませんでした。

「あなたは私をつかみ、思いのままにされました。」と訴えたくなる気持ちも理解できます。

ところが預言者特有の性(さが)なのか、次のような言葉が続きます。

 

<エレミヤ20:9>

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私が、『主のことばは宣べ伝えない。もう御名によっては語らない』と思っても、主のことばは私の心のうちで、骨の中に閉じ込められて、燃えさかる火のようになり、私は内にしまっておくのに耐えられません。もうできません。

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「もう、うんざりだ!もう、たくさんだ!もう、辞めてやる!」と思っても、主の御言葉を心の内にしまっておくことができないというのです。

これは預言者ゆえの、不思議な宿命というものなのでしょうか。

 

私は、エレミヤ書のこの御言葉の箇所をブラックゴスペルで知りました。

“T.P.W(Thanksgiving Praise and Worship)”というアメリカアラバマのクワイアの “Fire!”という曲です。

T.P.W.は、亀有教会にも、何度も来てくれたグループです。

 

あまり聖書の背景も知らない頃に、この曲を教えてもらって歌っていたのですが、エレミヤの言葉と、Fireの作者自身の救いと福音伝道のスピリットが織り交ざっていて、大変力強い曲でした。

 

多くのクワイアメンバーたちが、この曲を通して神のパワーに圧倒され、聖霊に満たされました。

歌詞が早口で難しいことに悩まされましたが、難しいから何度も練習するので、結果的に聖書の勉強にもなりました。

 

ブワーーっと早口で1番2番を頑張って歌って、”Shout it! Shout it! Shout it!”(叫び出す)の部分に来た時、

「あー!難しい歌詞の部分がここで終わるぞー」という喜びも相まって、みんな叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ!

 

考えてみれば、エレミヤの人としての人生は寂しかった部分もあったかもしれませんが、預言者としての影響力は、すさまじいものがあると思います。

 

現に、2600年も後の世の、イスラエルから見たら東の果ての島国日本で、エレミヤ書のこの御言葉から力をもらって、人生が変えられた人がたくさんいるのですから、良い働きをしたと思います。Good job です。

 

エレミヤは、主に自分の思いを訴えたあと、主への信頼を新たにし、褒めたたえました。

 

<エレミヤ20:12-13>

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20:12

正しい者を試し、思いと心を見る万軍の【主】よ。あなたが彼らに復讐するのを私に見させてください。

私の訴えをあなたに打ち明けたのですから。」

20:13

【主】に向かって歌い、【主】をほめたたえよ。

主が貧しい者のいのちを、悪を行う者どもの手から救い出されたからだ。

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◆エレミヤの葛藤

③預言者たちの特権

 

何があったのかは解りませんが、14節では再びエレミヤは主に訴えます。

 

<エレミヤ20:14-18>

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20:14

「私の生まれた日は、のろわれよ。母が私を産んだその日は、祝福されるな。

20:15

のろわれよ。私の父に、『男の子が生まれた』と知らせて、大いに喜ばせた人は。

20:16

その人は、【主】があわれみもなく打ち倒す町々のようになれ。

朝には彼に悲鳴を聞かせ、真昼には、ときの声を聞かせよ。

20:17

彼は、私が胎内にいるときに私を殺さず、母を私の墓とせず、その胎を、永久に身ごもったままにしなかったからだ。

20:18

なぜ、私は労苦と悲しみにあうために胎を出たのか。私の一生は恥のうちに終わるのか。」

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「私の生まれた日は、のろわれよ。母が私を産んだその日は、祝福されるな。」とまで語っています。

先ほど盛大に主を褒めたたえていたというのに、この浮き沈みの激しさは、読んでいて気の毒になります。

それほど、立て続けに苦しみがあったということでしょう。

 

聖書の預言者たちの生涯は、本当に過酷なものが多いのですが、ほとんどの預言者が自分の感情を表に出すことなく、淡々と使命を果たしています。

 

ですから、エレミヤのこの嘆き、叫びは、預言者の苦悩を知るうえで、とても貴重な箇所です。

預言者たちは、神から預かった使信を、包み隠さず、忠実に語ります。

その結果、「生まれた日はのろわれよ」と思うほど、労苦と悲しみに打ちひしがれ、「私の一生は恥のうちに終わるのか。」と嘆くのです。

 

実際エレミヤは、この後バビロン捕囚ではなく、エジプトに連れて行かれ、人生を終わります。

まさに「涙の預言者」です。

 

私たちは、エレミヤをはじめ、預言者たちの生涯を見て、同情と尊敬の気持ちを持ちます。

また、「この世では報われなかったけれど、今は主の御もとで安らいでいることを祈ります。」

などと、余計なお世話とも言える心配までしてしまいます。

 

しかし、よくよく考えてみたら、彼らは実に神との距離が近かったのです!

直接、神の御声を聞けるとは、なんと幸せなことでしょうか。

 

神から突然命じられて、その通り預言し、迫害を受けたことの不満をブツブツ訴えながらも、「神から特別に愛されて用いられている」という実感が、何よりも彼らの原動力となっていたのではないでしょうか。

これは、預言者たちの特権です。

 

新約聖書の時代はどうでしょうか。

福音書に記されているイエス様と共に生きた弟子たちや、イエス様の近くにいた人々は、イエス様の愛と教えを直接受けることができたので、特別良い思いをしたのではないかと、羨ましく思います。

 

パウロも、イエス様と直接お会いすることはできませんでしたが、イエス様の御声によって回心しました。

 

現代の私たちにも素晴らしい特権があります。

まず、イエス様が十字架に架かって私たちの罪を贖ってくださったという救いの恵みの特権。

誰でも神の御言葉である聖書を手に取って読むことが出来るという特権。

そして、イエス様が天に昇られる時に聖霊を注いでくださったという特権です!ハレルヤ!

 

1796年から1804年に起こったノルウェーのリバイバル(信仰復興)の指導者として知られる、ハンス・ハウゲ(1771年-1824年)という人がいます。

この時に起こった霊的覚醒運動は「ハウゲ運動」と呼ばれています。

彼の生涯は、まるでエレミヤのような苦難の連続でした。

ハウゲは、聖霊体験によって回心し、福音伝道の力を得ました。

彼は、ノルウェーの国教会であるルーテル教会に所属し、幼いときから信仰熱心でした。

いつも聖書やキリスト教の本を読んでいましたが、神の愛を感じられず、救いの実感が持てないでいました。

 

そんな時、1796年4月5日、農場で働きながら讃美歌を歌っていたところ、彼に突如回心が起こりました。

自らの魂が身体から離れて、天高く上がってしまったかのように感じる、霊的な体験でした。

この出来事を通して、彼は神の栄光のもとに悔い改め、新しく生まれ変わりました。

 

そして、神から伝道者としての召命を受けたように感じました。

しかし当初ハウゲは、「私のような農夫の子ではなく、牧師や、もっと偉い方が活動すべきだ。」と考え、神に召命を取り消してくれるようにと祈りました。まるでエレミヤの召命の時のようです。

 

しかし神からは「ただ忍耐して人々に伝道すべき」、「あなたを迫害する者たちに打ち勝つ力と知恵を授ける」といった回答があったように感じられたため、ハウゲは意を決して伝道を開始しました。

 

1796年、ハウゲが25歳の時、公的な活動を開始し、集会を開いて説教をするようになりました。

彼は、1796年から1804年の8年間、ノルウェーの北から南まで、あらゆる村・町・都市で説教を行いました。

彼の総移動距離は、15,000 km以上と言われています。

日本列島が約3000kmと言われていますので、北海道から沖縄まで、5回縦断したことになります。

 

ハウゲは伝道旅行中、ほとんど徒歩で移動しており、また移動する際には、ほぼ走っていたそうです。

旅は過酷で、食料もあまり手元になく、道中に見つけた木々から樹皮を剥いで食べたりしました。

また寒さ対策のため、移動しながら毛糸で編み物をし、手袋や靴下も自作していたそうです。

まさに、主の守りと導き、聖霊の原動力なしでは、できない活動でした。

 

その活動は祝福され、リバイバルは成功していましたが、ルーテル教会からは認められませんでした。

そのため迫害を受け、定職を持たない浮浪者として、10回も逮捕されました。

ハウゲは逮捕を避けるため、伝道しながら実業家として商売を成功させ、ノルウェーの工業化にも大きく貢献しました。

 

神から召命を受けた時、「あなたを迫害する者たちに打ち勝つ力と知恵を授ける」と神に言われた通り、神から力と知恵を授けられました。

 

1804年に最後に逮捕されてからは、拘置所で7年、判決が出るまで3年監視下に置かれました。

拘置所では非人道的な扱いを受け、肉体労働を課されたりして、体力的にも精神的にも衰弱しました。

そして彼の財産は全て没収され、著書も全て回収されました。

その間に両親を相次いで亡くし、彼は悲しみのあまり絶望しました。

 

自由の身になった後、2度の結婚をし、子どもを4人授かりましたが、妻も子も早くに亡くなってしまいました。

晩年も何度も悲劇に遭いましたが、彼は神の召命に応え、1824年、53歳で召されるまで、初志貫徹して神の御心に従い、伝道活動を続けました。

まるでエレミヤのようなハウゲの生涯でしたが、彼の活動は多くの人々を回心に導き、影響を与え、後のノルウェーの更なるリバイバルへと繋がっていきました。

 

私たちは聖霊によって、主の愛を感じ、主の臨在の中に入ることができます。

預言者たちやハウゲのような働きはできなくても、聖霊によって、私たちは力を得て、突き動かされます。

たとえ苦難の中にあっても、救いの恵みと、聖書の御言葉と、聖霊の力という特権が与えられている喜びを噛みしめ、それぞれに与えられた主の働きを担っていきましょう。