2015.11.22「教会増殖 使徒11:19-21」

 5年くらい前のデーターですが、日本でのプロテスタント教会は約8,000個あります。平均礼拝出席数は40名です。欧米では教会堂は荘厳で町の目立つところに立っています。一方、日本では神社仏閣が広い地所を構えています。教会はどちらかと言うと、通りから入った目立たないところに立っています。なぜなら、日本ではキリスト教が後から入って来たからです。今でも教会のない市町村があって、なんとかそこにも教会を建てようという試みがなされています。データーを見ますと、都市部にはたくさんの教会がありますが、地方に行けば行くほどその数は減って来ます。地方にはいろんな因習があり、キリスト教が入り込むのに困難を覚えています。私は秋田で、家内は岩手の出身です。私たちがクリスチャンになれたのは、もちろん神さまの導きですが、先祖のお墓とか因習から解放された面もあると言えます。きょうは『霊的な父』の最後にあたりますが、「教会の増殖」というテーマで学びたいと思います。

1.教会増殖の原点

使徒8:1、4「サウロは、ステパノを殺すことに賛成していた。その日、エルサレムの教会に対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外の者はみな、ユダヤとサマリヤの諸地方に散らされた。…他方、散らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いた。」使徒11:19-21「さて、ステパノのことから起こった迫害によって散らされた人々は、フェニキヤ、キプロス、アンテオケまでも進んで行ったが、ユダヤ人以外の者にはだれにも、みことばを語らなかった。ところが、その中にキプロス人とクレネ人が幾人かいて、アンテオケに来てからはギリシヤ人にも語りかけ、主イエスのことを宣べ伝えた。そして、主の御手が彼らとともにあったので、大ぜいの人が信じて主に立ち返った。」

第一の質問です。「エルサレムの教会はどうして衰退していったのでしょう?」いつまでもエルサレムにとどまっていたからです。イエス様は弟子たちに「全世界に出て行くように。地の果てまで行くように」と命じておられました。ところが、弟子たちは都にとどまっていたのです。                  

第二の質問です。「迫害で散らされた人たちは、何をしたのでしょう?」背景をちょっと説明させていただきます。最初、キリスト教はユダヤ教の一派と思われていました。ところが、ステパノがユダヤ人の議会で「あなたがたがこれまでの預言者のように、正しい方(イエス)を殺したのです」と非難しました。そのため、大迫害が教会に起こり、使徒たち以外のものはみな、ユダヤとサマリヤの諸地方に散らされました。その中のある人たちは、ギリシヤ人にも語りかけ、主イエスのことを宣べ伝えました。つまり、ユダヤ人以外の人たちに福音を伝えたということです。

第三の質問です。「だれが新しい土地に新しい教会を開拓したのでしょう?」迫害によって散らされた人たちです。つまり、使徒でない一般の人たちです。アンテオケというところに、大きな群れができて、彼らがはじめて「クリスチャン」と呼ばれるようになりました。

第四の質問です。「だれが教会を増殖させたのでしょうか?また、それは主のみこころだったのでしょうか?」主イエス様が人々の宣教活動を祝福されました。主の御手が彼らとともにあったので、大勢の人が信じて主に立ち返ったのです。つまりそれは、主のみこころでした。

 テキストのまとめの部分をお読みいたします。初代教会のクリスチャンをエルサレムから開拓伝道へと駆り立てたのは、迫害が原因でした。最初の開拓伝道者はイエス・キリストによって訓練を受けた使徒たちではなかったということです。使徒たちはエルサレムで会議に忙しくしていたのです。もし、組織された教会が働きを全うしないのであれば、神は組織されていない教会を用いられるのです。アンテオケに到着した初期の弟子たちは、ユダヤ人のみに福音を宣べ伝えました。しかし、後にやって来た人々は人種の垣根を越えて異邦人に福音を宣べ伝えました。イエス・キリストの戦略が具体化したのはエルサレムからではなくアンテオケからです。なんと、大宣教命令が現実化したのは、エルサレムではなくアンテオケからでした。そのため「アンテオケ」という名前のつく宣教会があります。また、「アンテオケのような教会になるんだ」とスローガンを掲げている教会もあります。その意味は、1つの教会にとどまらず、新しく教会を生み出していくということです。そのことはイエス様が与えた世界宣教という命令を果たしていく1つの方法です。おそらくこのことに反対する人はおられないでしょう。ただし、日本には約8000の教会がいたるところに散在しています。日本基督教団においては約1000の教会が町々、村々にあります。そして、一個一個が小さいのです。また、問題は教会同士、あるいは教団教派の壁が厚く、あまり協力していないということです。海外から宣教師が、それぞれのやり方で伝道したので、そのなごりが残っています。今後の課題は、教会同士が喧嘩しないで、教会のないところに新たに教会を設置していくということだと思います。

2.教会増殖の妨げ

第一の質問です。「会堂を持つことの長所と短所をあげてください。」会堂があるといろんなイベントを開くことができます。しかし、教会という建物の中で何でも行ってしまうので、家庭が開放されなくなります。世の中の人は教会というところに行くまでが大変です。それよりも、身近なところにクリスチャンの集まりがあれば行きやすいのではないでしょうか?

第二の質問です。「フルタイムの牧師を雇うだけのお金がないときはどうしたら良いでしょう?」日本には教会員の数が少なくて、フルタイムの牧師を雇えない教会が半分近くもあります。その牧師たちはいろんなアルバイトをしながら牧会しています。私の知っているある牧師も平日は働いて、土日だけ教会の働きをしています。そうすると、世の中にほとんどのエネルギーが取られて、やっとメッセージをしているという状態です。そうすると、メッセージに油注ぎがなくて、礼拝に来る人も少なくなるという悪循環に陥ります。では、教会にフルタイムの牧師を雇うだけのお金がないときはどうしたら良いでしょうか?大教会のような祭典的な礼拝ではなく、参加型の礼拝にします。ある時は、賜物のある信徒がメッセージしたり、信徒の分かち合いも加えます。また、各家庭や店舗、公の建物を用いるのも良いでしょう。今は昔よりも、区や市の建物の一室も安く借りられるようになりました。会堂の維持費が無くなるので、牧師の給与に向けられるという利点があります。ただし、それは過渡期であって、礼拝を守れる固定した建物があればなお良いでしょう。日本人の心の中には、牧師が在住する教会というイメージがあり、決まった場所で落ち着いて礼拝を捧げたいという願いがあります。でも、いきなり自給できる教会になれるわけではありませんので、建物に依存しないやり方があるということを知っておくべきです。

第三の質問です。「リーダーを育てるためには神学校教育が必要だとすれば、どのような犠牲が伴うでしょう?」一人の専門家を育てるために多くの時間と資金がかかります。また、一般の信徒は「専門的な知識がなければ、牧師になっていけない」という思いを持って何事も消極的になるでしょう。ドイツのある学者が、健康で成長している教会の特徴をいくつかあげました。「神学校を卒業した牧師の多い教会は、質的にも低く、減少している。質の高い教会を見ると、神学校を卒業した牧師の数が少ない。リーダーたちがよりプロであればあるほど、教会は効果の度合いを失っていく。牧師があまりにも優秀でプロなので、教会員たちは自分にはできないと思っている。」もちろん、牧師が神学を勉強したことに越したことはありません。ただし、牧会が専門職になって、プロとアマみたいに分けてしまうと信徒の活躍の場がなくなってしまうということです。そうすると結果的にお客さんみたいな信徒が多くなり、教会が質的に成長しないということです。

テキストのまとめの部分をお読みいたします。過去20年か30年にわたって再生産している教会は集会場所に借家やテナントを利用してきました。家々で始められる教会は文化の壁を乗り越えて進めることができます。倉庫でも、お店でも、人がいるところならどこで教会をはじめて良いのです。また、フルタイムの牧師のための費用は大きな障害となります。教会増殖ネットワークは現在アルバイトをしながら牧会するという形であちこちに拡がっています。これは普段仕事を持ちつつ教会から少しの経済的支援を受けるというやり方です。ラルフ・モア師が『星のように砂のように』という本の中でこのように述べています。「もし、神学校が必修の規則であるとすると四つの犠牲が伴います。一番目はお金、二番目は時間、三番目は牧会から離れること、四番目は学位と牧会は違うという発見です。」さらに、ラルフ・モア師が日本に来られたときこのようにおっしゃっていました。「まず教会の中で牧師になる人をインターンのように育てる。もし、そのままでも教会開拓ができるのであれば派遣する。また、もっと専門的に勉強したければ神学校に通わせる」ということです。ただし、ラルフ・モア師は(地方)教会で育てた人が、教団の学校に行って、教団の人になり、教団から他の教会に遣わされるというやり方は反対しています。(地方)教会がすべての中心で、(地方)教会が牧師を育て、(地方)教会が教会を作り出していくべきだとおっしゃっています。私も先生の意見に賛成です。

3.大きい教会とシンプルチャーチ

第一の質問です。「礼拝堂を持っている大きな教会の長所は何ですか?」音楽もメッセージもすばらしくて、祭典的な礼拝を持つことができます。また、聖書を深く教えられる専門家がいるので、いろいろな面で指導することができるでしょう。よくメガチャーチと言われますが、どのくらいのサイズなのでしょうか?昔、カルフォルニアのクリスタル・カセドラルの礼拝に出席したことがありますが、建物が大きすぎてカメラに納めきれませんでした。フロリダにある3000名くらいの礼拝に出ましたが、ブースの中で生ドラムをたたいている人がいました。ドラムの音がそんなに大きいとは感じませんでした。韓国のヨイドの教会やオンヌリ教会の礼拝は、前の方にオーケストラ席がありました。日本の場合はメガチャーチと言えませんが、500名収容の教会はいくつかあります。そういうところの礼拝は音楽もメッセージもすばらしいです。

第二の質問です。「大きな教会の短所は何でしょうか?」一般の信徒は受け身的になり、奉仕に参加しなくなります。音楽もプロの人たちがやっているので、「ムーリー」という感じを持ってしまいます。また、お互いの交わりが薄いので、信仰的に弱い人は教会から去って行きます。私の母教会もデパートみたいな教会で、一人一人の顔も名前もわかりません。毎年100人くらいの人が洗礼を受けるようですが、2,3年後には半分くらいの人が来なくなります。問題があってもケーアできず、信仰の強い人がとどまるようです。

第三の質問です。「シンプルチャーチ(家の教会、会堂をもたない教会)の長所は何ですか?」 普通の教会に来たくない人のところへ行って、福音を語ることができます。また、人数もそんなにいないので、専門的に聖書を学んだ人でなくても用いられます。また、関係が深くなるので、互いに助け合い、互いに建て上げ合うことができます。

第四の質問です。「シンプルチャーチの短所は何ですか?」神学的に弱いので、異端が入り込むと簡単に壊れてしまいます。また、一人のキャラクターに良い点でも悪い点でも影響されます。

テキストのまとめの部分をお読みいたします。大きい教会は、設備や様々なプログラムがあります。また、良く準備された教えがあります。すばらしい音楽のもとで祭典的な礼拝があります。数多くの交わりや愛餐会もあるでしょう。しかし、一人一人の交わりが薄かったり、弟子訓練が行き届かない場合があります。シンプル教会は良い交わり、分かち合いによる学びがあります。しかし、教える人が毎週交代したり、ディスカッションによる学びなので、深さやバランスに欠ける傾向があります。大きい教会は象のように、1つの教会を生み出すのも困難です。一方、シンプルな教会はうさぎのように、小さな教会をいくつも生み出すことができます。どちらが良いとは言えませんが、両方を備えている使徒2:41-47が理想的なモデルではないでしょうか?使徒2章は、エルサレムの初代教会のことが記されています。彼らは週のはじめは神殿で礼拝し、週日は各家で集まっていたようです。つまり、大きい教会の行き届かないところを、家の集会で補っていたようです。補っていたというよりも、そこが共同体としての基盤だったのかもしれません。

4.教会増殖のビジョン

 使徒19:8-10「それから、パウロは会堂に入って、三か月の間大胆に語り、神の国について論じて、彼らを説得しようと努めた。しかし、ある者たちが心をかたくなにして聞き入れず、会衆の前で、この道をののしったので、パウロは彼らから身を引き、弟子たちをも退かせて、毎日ツラノの講堂で論じた。これが二年の間続いたので、アジヤに住む者はみな、ユダヤ人もギリシヤ人も主のことばを聞いた。」コロサイ1:6「この福音は、あなたがたが神の恵みを聞き、それをほんとうに理解したとき以来、あなたがたの間でも見られるとおりの勢いをもって、世界中で、実を結び広がり続けています。福音はそのようにしてあなたがたに届いたのです。」

第一の質問です。「パウロはユダヤ人の会堂から、どこに移動して伝道しましたか?」ツラノの講堂です。そこは異邦人が集まる一般的な場所でした。

第二の質問です。「エペソで、二年間続けた伝道の成果はどうだったでしょうか?」アジヤに住む者はみな、ユダヤ人もギリシヤ人も主のことばを聞きました。アジヤといっても、小アジヤであって現在のトルコであります。

第三の質問です。「コロサイの教会はどのようにしてできたかご存知でしょうか?」エペソで信じた人たちが、コロサイで群れを作りました。それがやがて教会になりました。ヨハネ黙示録1章には「エペソ、スミルナ、ペルガモ、テアテラ、サルデス、フィラデルフィヤ、ラオデキヤ」とアジヤの7つの教会が記されています。ラオデキヤもそうですが、使徒パウロが直接、教会を建てたわけではありません。なんと、エペソから6つの教会が生み出されたようです。

第四の質問。「このところから教会増殖のヒントが与えられるでしょうか?」マンモス教会も悪いわけではありません。しかし、遠くから来るのは大変です。ですから、マンモス教会から派遣された人たちが、衛星教会を作り、それが独立していくのはすばらしいことです。日本では、枝教会というような言い方をしています。昔は教団や教派が一生懸命、町や村に教会を作りました。しかし、現在は高齢化ため教会を閉鎖するか、合併しなければならなくなっています。ですから、上から教会増殖を押し付けるのではなく、地元から湧き上がってくる方が理想的です。なぜなら、土地ごとによって文化や人間関係が違います。それらを壊さないで保持しながら、信仰共同体を作るべきです。この度の東北の大震災によって漁村の人たちが福音を聞いて救われました。今後は、彼らが好むような、彼らにあった教会を作ったら良いと思います。

テキストのまとめの部分をお読みいたします。パウロは反対や迫害を受けながらもエペソで二年以上伝道しました(参考.Ⅰコリント15:31)。その結果、ヨハネ黙示録に記されている7つの教会を含むアジヤの諸教会が設立される基礎が作られました。コロサイの教会はコロサイ出身のエパフラスの手によってなされたと想像できます。1つの教会がセンターとなって、いくつかのセルあるいは家の教会が作られます。それが遠方であるならば、複数のセル(家の教会)が合体することによって子教会が生まれるでしょう。そこに牧師を派遣する道もありますが、賜物のある信徒リーダーがその集会を導いても良いです。大きな傘はメガチャーチ、小さな傘は50人の教会と言えるでしょう。メガチャーチよりも、小さな傘を10ヶ作ることの方が容易ではないでしょうか?小さな教会をいっぱい作るという考えは、ベン・ウォン師が提唱したことであります。しかし、日本の教会ははじめから小さい教会なので、「メガチャーチではなく小さな教会を」ということがよく分かりません。小さい教会をさらに小さくすると、指導者や奉仕者がいなくなり、どうしても活気がなくなります。また、家の教会と言っても、一般の人は教会堂を想像していますので、他人の家に入るのは勇気が必要です。ですから、ある程度大きなセンター的な教会があって、家の教会や小グループが補助的にあると良いと思います。私の友人である大喜多牧師は、「いちご伝道」ということを提唱して、現在6つ目の教会を開拓しています。いちごは自ら成長し、花を咲かせますが、同時に小さな株を四方に出します。親株から小さな株に栄養が行っています。しかし、小さな株からも根が出て、ある程度大きくなると独立します。そして、小さな株が大きくなりながら、孫の小さな株を四方に出します。そのようにして、どんどん増えていきます。大喜多牧師の考えは、教会を増殖することによって、主の宣教の命令を果たしていくというものです。先生のグループは、着実に教会が増えているので、全く脱帽です。

きょうで『キリストの体の青写真』からの説教が終わりです。大きく分けて、「Good News」「養育を受ける」「本当の弟子」「霊的な親」の4段階がありました。その中に付録的な学びがいくつかありました。最後に「岩に土台した結婚」というものありますが、それは各自で学んでもらえれば良いと思います。このシリーズは私の牧師としての奉仕を集大成したものです。いろんなやり方があって良いと思いますが、一人のクリスチャンが救われて、ゴールを目指して成長していくというプロセスを描くことはとても重要だと思います。聖書的な知識はゴールというものがありません。一生学び続けなければなりません。しかし、クリスチャンとして幼子から霊的な親になるというプロセスはだれもが目指すべきゴールであると思います。最後は「教会」というテーマでしたが、私たちの信仰は「教会」を離れては成熟もありませんし、奉仕活動もありません。なぜなら、教会はキリストのからだであり、キリストの御霊が豊かに働く共同体だからです。クリスチャンには教会に属さないで信仰生活を守るという人もいるかもしれません。その人は教会に躓いたからかもしれません。残念ながら完全無欠な人がいないように、完全無欠な教会もありません。教会は、罪赦され、義とされた人たちが集まっているすばらしいところです。しかし、私たちには肉があるために、争ったり仲たがいすることもあるでしょう。それでも、神さまから愛と恵みをいただき、キリストにある成熟を目指していることは疑いようもない事実です。神さまは教会を愛しておられます。なぜなら、キリストの血によって贖いとられた神の教会だからです。ですから、イエス様を愛することは、教会を愛することなのです。なぜなら、かしらなるイエス様とそのからだである教会は切り離すことができないからです。どうぞ、イエス様を愛し、教会も愛しましょう。