メリークリスマス。クリスマスの祝い方はいろいろあります。ホテルのディナー・ショウ、恋人たちのデート、親しい人たちと食べたり飲んだりすること。いろいろあっても良いと思いますが、クリスマスの主人公はイエス様の誕生です。子どもたちが待っているサンタクロースではありません。たとえ何もなくても、キリストの誕生をお祝いすれば、それで十分であり、大きな喜びが与えられます。なぜなら、私のために、あなたのために救い主がお生まれになったからです。
1.救い主は夜生まれた
不思議です。救い主は朝でもなく、昼でもなく、夜生まれたということです。何故、救い主は夜生まれたのでしょうか?夜は星が見えるので、東方の博士たちは、「あの星のもとだ」と分かりました。当時の夜は人工的な明かりが全くありませんでした。今日のクリスマスはまばゆいイルミネーションが飾られ、人々はそこに群がりいい気分になります。現代はELD照明によって、とても幻想的で、光の渦の中に巻き込まれるような感じがします。しかし、救い主が生まれた夜はどうだったでしょうか?ルカ2:9「すると、主の使いが彼らのところに来て、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。」このところに、「主の栄光が周りを照らした」とあります。主の栄光とは何でしょう?同じ明るさでも、人間が作ったものとは違います。イルミネーションは人工的な光です。一方、主の栄光は神さまからのものです。人工的な光は感動を与えるでしょう。しかし、主の栄光は人々に恐れを与えます。旧約聖書を見ると、モーセもイザヤも主の栄光を見て恐れ、そこに平伏しました。主のきよさに圧倒され、自分は何と小さく、罪深い存在だろうと思うわけです。羊の夜番をしていた、羊飼いたちも主の栄光が照らしたので恐れました。
その次に、主の使いは彼らにすばらしいメッセージを伝えました。ルカ2:10「恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」主の使い、御使いは、一般的には天使と言います。英語ではエンジェルです。ギリシャ語ではアンゲロスであり、メッセンジャーという意味です。アメリカにロサンゼルスという町があります。ロサンゼルスはスペインの都市名から来たもので、正式名称は「天使たちの女王の町」という意味があるそうです。ご存じのように、ロサンゼルスにはハリウッドがあり、そこからたくさんの映画が発信されています。ちなみに、Holly Woodは、かつては「ひいらぎの森」を意味していました。日本ではHoly Wood「聖林」と誤訳されことがあります。はからずも、ロサンゼルスは、エンジェルという名前から、情報の発信地になったのです。天使はもっとも重要で、もっとも素晴らしいことを伝えました。「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」なぜ、ダビデの町なのでしょうか?旧約聖書によると、メシアはダビデの家系から生まれると預言されているのです。当然ながら、ヨセフもマリアもダビデの家系でありました。ダビデはイスラエルの王でした。そして、ダビデの子孫として生まれる、イエス・キリストは神の国の王なのであります。正確に言うと神の国はkingdom of God.神の王国と言います。現在、十字架で死なれ、三日目によみがえられたイエス・キリストが神の王国の王のです。神の王国は、天国とはちょっと違います。天国はparadiseであり、死んだ信仰者が行くところです。paradiseは完成した神の王国に入るための待合室です。一般に、世の人たちは人が死ぬと天国に行くと言いますが、それは嘘です。キリストを信じないで死んだ人は、陰府に下ります。陰府はHadesとも言いますが、最後の審判を待つための待合室です。神の王国は、おとぎ話ではなく、架空のものでもありません。今は見えませんが、世の終わり、まもなく目に見えるかたちでやってきます。
天使は「あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです」と言いました。あなたがたとは、今晩、こられているみなさん一人ひとりのことです。だれでもない、あなたのために、救い主がお生まれになったのです。この方はメシア、キリスト様です。私たちは、キリストは永遠の御国、神の王国に、招待されているのです。でも、キリストは神の王国の王です。神の王国に入るためには、「私を入れて下さい」とへりくだってお願いしなければなりません。あなたの王冠をキリストの前に、捧げなければなりません。だれでも、自分が人生の王であり、「とやかく言われる必要はない」と思っています。しかし、それでは神の王国に入ることはできません。自分が王座から降りて、イエス・キリストに王座を開け渡す必要があります。アメリカの教会での入信時の祈りは、「私はキリストを信じます」だけではありません。「私の人生をあなたに捧げます」と祈ります。もし、イエス・キリストを自分の王として迎えるなら、あなたは神の王国に入り、神さまの子供になり、神さまがもっているすべてのものを受け継ぐことができます。永遠のいのち、復活のからだ、絶えることのない喜びがあります。神の王国は死んでから入るのではありません。今、目には見えないけど、神の王国への招待状があなたに届けられています。今、「私は神の王国に入りたいです」と願った瞬間、あなたは神の王国に入ることができるのです。この世にはたくさんの雑音があり、天使の声は聞こえづらいです。どうぞ、静かな夜、耳をすまして天使の声をお聞きください。「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。」
2.羊飼いに伝えられた
主の天使は最初にだれに、メシアの誕生を知らせたのでしょうか?ルカ2:8「さて、その地方で、羊飼いたちが野宿をしながら、羊の群れの夜番をしていた」とあります。彼らは夜仕事をしていたのです。「キリストが生まれたのは冬ではなく、春ではなかったのか」という説もあります。なぜなら、冬だと野宿ができないからです。でも、ある説によると神殿にささげる羊は、冬でも放し飼いされる場合があるといいます。どちらでも構いませんが、主の使いは夜番をしていた、羊飼いに現れ、メシアの誕生を知られました。現代的に言うと、政府関係者かマスコミに知らせた方がぱーと広がるでしょう。携帯のSNSで写メを送れば、無数に拡散されるはずです。東から来た博士たちは、メシアは王の宮殿にいると思っていました。ヘロデ王はそのことを聞いて、非常に恐れました。その子を密かに殺そうと思いました。なぜなら、自分の他に王がいては困るからです。宗教家たちも恐れました。なぜなら、メシアが来たら自分たちの職と身分を失うからです。案の定、30年後、メシアがエルサレムに来たとき、彼らはイエス様を殺害しようとしました。実際、イエス様を十字架につけるためにローマに渡しました。つまり、メシアの誕生を喜ばない人がたくさんいたということです。それに比べ羊飼いたちはどうでしょう?とっても喜びました。天使が「あなたがたは、布にくるまって飼葉桶に寝ているみどりごを見つけます。それが、あなたがたのためのしるしです」と言いました。羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムまで行って、主が私たちに知らせてくださったこの出来事を見届けて来よう。」そして急いで行って、マリアとヨセフと、飼葉桶に寝ているみどりごを捜し当てました。そして、羊飼いたちは、街に出かけ人々にそのことを伝えました。羊飼いたちはキリストの最初の伝道者と言えるでしょう。
では、なぜ、名もない羊飼いたちに天使は一番最初に伝えたのでしょうか?夜番をしていた羊飼いは、現代的に言うとどういう人たちでしょうか?道路工事で赤い棒をふっているガードマン、宅配便の倉庫で働いているアルバイト、病院で夜勤をしている看護師やヘルパーさん。あるいは夜の仕事をしている「夜の蝶」かもしれません。私はここ10年間、4回手術して入院したことがあります。頭を打って入院して目覚めたときは、ICUからHCUに移されていました。HCUと言うのは高度治療室という意味です。目覚めたら、ピコン、ピコンという音が絶え間なく聞こえました。赤いランプも見えます。また、唸り声や叫び声も聞こえて、全く眠れませんでした。看護師さんたちが、患者さんたちを見舞っていました。とにかくうるさくて、朝が待ち遠しかったです。病院で働いている人たちは、早く交代の時間が来ないか待っているかもしれません。夜、働くというのは精神的にも肉体的にも自然に反しているのではないかと思います。でも、人が寝ているとき、働かなければならない人もいるということです。
イエス様がこの世にやって来て、一番最初に信じて、神の王国に入った人たちはだれでしょう?イエス様が当時の宗教家たちにこう言っています。マタイ21:32「なぜなら、ヨハネがあなたがたのところに来て義の道を示したのに、あなたがたは信じず、取税人たちや遊女たちは信じたからです。あなたがたはそれを見ても、後で思い直して信じることをしませんでした。」そうです。取税人たちや遊女たちが最初に信じました。両者とも、ユダヤ人からはとても嫌われて、罪人と呼ばれていました。羊飼いも同じですが、当時の最低の身分の人たちが最初に信じて、神の王国に入ったということです。イエス様は「だれでも、幼子のようにならなければ、神の王国に入ることはできない」と言われました。私たちが神の王国に入ることの最も大きな妨げとは何でしょう?それは罪ではありません。罪の問題は、イエス様の十字架で解決されました。なぜなら、イエス様は世の罪を取り除くためにこられたからです。最も大きな妨げとはプライドです。罪は英語でsinと言います。私を導いてくれた先輩が教えてくれました。sはsouthであり、nはnorthです。そして、iとは私自身です。つまり、「世界の真ん中に自分がいることを罪と言うのです」と教えてくれました。確かにそうだなーと思います。私たちは集合写真を見る時、一番最初に自分の顔を見ます。目をつぶっている写真は絶対買いません。本来、私たちは自己中心なのです。でも、取税人たちや遊女たちは、後で思い直して信じました。「思い直す」は聖書では「悔い改める」ですが、罪を悔いることではありません。英語でchange of mind「思いを変える」という意味です。「これまで、神さまを信じないで自己中心で生きて来ました。私はイエス・キリストを信じて、神中心に生きます」と思いを変えることです。神中心の世界で生きるなら、恐れは取り去られ、喜びと平安が訪れます。御使いたちも「地の上で、平和がみこころにかなう人々にあるように」と言いました。
イエス・キリストはどこで生まれたでしょうか?宮殿でしたら、簡単に会いにいくことはできません。イエス・キリストは馬小屋で生まれ、飼い葉おけに寝かされていました。だから、当時、身分の低い羊飼いたちも、簡単に会いに行くことができたのです。神さまはどんな人でも、神の王国に入れるように、神の御子をこの地上にお遣わしくださいました。また、神さまはどんなに罪ある人でも、そのまま神の王国に入れるように十字架にかかり、罪を負って死んでくださいました。すべての罪はイエス・キリストの十字架につけられました。そして、三日目によみがえり、神の王国の門を大きく広げてくださいました。それまでは隠されていた神の王国です。旧約聖書では、きよくて選ばれた人しか入れませんでした。しかし、イエス・キリストの十字架と復活によって、イスラエル以外の異邦人にも救いの道が開かれました。教会は神の王国に入るための大使館です。マルコ福音書に「信じてバプテスマを受ける者は救われます。しかし、信じない者は罪に定められます」とあります。キリスト教会は、神の王国への、入国ビザを発行するところです。「まだの方は、どうぞ、お入りください」。そうすれば、あなたはこの世にいながら、神の王国のいのち、神の王国の喜び、神の王国の豊かさを味わうことができます。