何をもって「聖書的」なのでしょうか?この世には数えきれないほどの、教団・教派、教会が存在していますが、それぞれが「うちは聖書的だよ」と言うでしょう?しかし、どの教団・教派、教会も設立当時の考えがあり、それが偏見(バイアス)を生んでいることは確かです。きょうは、聖書を三か所、開きながら、聖書的な教会についてお話したいと思います。
1.使徒の働きの教会
「使徒の働き」においては、初代教会の発生と発展の様子が詳しく書かれています。きょうお読みしたところは、教会のモデルハウスと呼ばれています。私たちは道路わきに建てられているモデルハウスを見ることがあります。人々はそれらのお家に入って、こういうい構造の家、こういう台所やリビングにしたいと思う訳です。使徒の働き2章には、私たちが理想とする「教会の交わり」が記されています。このところで注目すべきことは、初代教会には二種類の交わりがあったということです。第一に彼らは、宮に集まって、礼拝をささげていました。宮というのはエルサレム神殿であり、従来のユダヤ人の礼拝です。ペンテコステの日に、3000人が救われ、そういう人たちが神殿で礼拝をささげたのであります。彼らの指導者はイエス様から直接指導をうけた使徒たちです。使徒2:41,42「彼のことばを受け入れた人々はバプテスマを受けた。その日、三千人ほどが仲間に加えられた。彼らはいつも、使徒たちの教えを守り、交わりを持ち、パンを裂き、祈りをしていた。すべての人に恐れが生じ、使徒たちによって多くの不思議としるしが行われていた。」神殿での礼拝は、一同が会する祭典的な礼拝であります。3000名の礼拝は、アメリカや韓国、インドネシア、シンガポール、アフリカで体験することができます。ステージの前にはオーケストラがあり、聖歌隊が賛美します。大きなスクリーンに聖書箇所が映され、メッセンジャーが力強く話します。神殿礼拝の良いところは、神の集まりのすばらしさ、主の臨在を感じることができることです。「ああ、イエス様を信じている人がこれだけいるのだ」と励まされます。そして、神殿礼拝の良いところは、専門に聖書を学んだ人たちがいるということです。彼らはちゃんとした神学を持っており、人々を教え導くことができます。
しかし、神殿礼拝は神さまを見上げ、神さまとの交わりはすばらしいです。でも、横との関係、聖徒の交わりは薄いです。礼拝が終わったあと、孤独を感じるかもしれません。兄弟姉妹と言いながらも、親しく交わることのできる友がいないからです。そこで、初代教会にはもう1つの教会がありました。それは家の教会です。使徒2章46節、後半からお読みいたします。「家々でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにし、神を賛美し、民全体から好意を持たれていた。主は毎日、救われる人々を加えて一つにしてくださった。」救われたばかりの3000人の人たちをどうやって育てるのでしょうか?神殿礼拝においては、正しい教えはあるかもしれませんが、一人ひとりにどれくらい届いているか分かりません。使徒の働き1章を見ると、「そのころ、百二十人ほどの人々が一つになって集まっていた」と書かれています。彼らがペンテコステの日、聖霊を受けたのです。そのところは、使徒たちだけでなく、イエス様の兄弟、女性たちや母マリア、他の弟子たちも集まっていました。彼ら120人が、救われたばかりの3000人のお世話をしたのです。自分たちの家を解放し、そこに15人から20人くらい集めました。ハワイのラルフ・モアはそのような教会を「ミニ・チャーチ」と呼びました。日本では「家の教会」とか「セルグループ」と呼ばれています。家の教会のすばらしさは、みんなが話し合い、教え合うことができます。コロサイ3:16「キリストのことばが、あなたがたのうちに豊かに住むようにしなさい。知恵を尽くして互いに教え、忠告し合い、詩と賛美と霊の歌により、感謝をもって心から神に向かって歌いなさい。」また、小人数の集まりは聖霊の賜物を用いて互いに建て上げ合うことができます。Ⅰコリント14:26「それでは、兄弟たち、どうすればよいのでしょう。あなたがたが集まるときには、それぞれが賛美したり、教えたり、啓示を告げたり、異言を話したり、解き明かしたりすることができます。そのすべてのことを、成長に役立てるためにしなさい。」このような公の礼拝で、異言や預言を語ると、混乱を招く恐れがあります。でも、少人数だと突然、「示されました」と、預言を語り出しても平気であり、躓く人も起こらないでしょう。
初代教会においては主のもとで、麗しい交わりがありました。使徒2:44,45「信者となった人々はみな一つになって、一切の物を共有し、財産や所有物を売っては、それぞれの必要に応じて、皆に分配していた。」同じようなことが使徒4章にも記されています。使徒4:32-34「さて、信じた大勢の人々は心と思いを一つにして、だれ一人自分が所有しているものを自分のものと言わず、すべてを共有していた。使徒たちは、主イエスの復活を大きな力をもって証しし、大きな恵みが彼ら全員の上にあった。彼らの中には、一人も乏しい者がいなかった。」彼らの大多数は、都もうでに来た、他国の人たちです。エジプトやクレネからも来ていました。一時的ではありますが、自分たちのものを喜んで分け与えたということです。交わりはギリシア語でコイノーニアと言います。その意味は「交わり、協力する、分け与える」です。使徒信条に「聖徒の交わり」とあります。聖徒とは神さまとの縦の関係があるクリスチャンのことです。また、交わりとは、神さまと関係がある人たちの横の交わりと言うことができます。昭和のクリスチャンは縦との交わりを強調し、「教会はサロンではない。礼拝が終わったら家に帰るように」と言われました。しかし、神さまとの縦の交わりだけでは、信仰は成長しません。『塩苅峠』という映画でこう言われています。「一本で燃える薪火は危うく弱いものですが、一本より二本、二本より三本、三本より四本と薪は多いほどよく燃えるのです。」
私たちは成育史においていろんな心の傷を受けました。傷のない人は一人もいません。多くの人は「会社の仕事は好きだけど人間関係が・・・」と悩んでいます。教会は神の家族であり、主にある兄弟姉妹が集まるところです。完全なお方はイエス・キリストだけです。私たちは天国に行くまで「工事中」です。工事現場では、「ご迷惑をおかけします」という看板があります。私たちは教会において、互いに迷惑をかけながら、心の傷を癒していくしかないのです。
2.エペソの教会
初代教会はまもなく、ユダヤ教徒による大迫害が起こり、人々は散らされてしまいました。それ以降はアンテオケ教会が異邦人の中心になり、そこからパウロたちが宣教に出かけます。パウロはローマまで行きましたが、まもなくユダヤ教徒に対するローマの迫害が強くなります。エルサレムは西暦70年にローマによって滅ぼされ、ユダヤ人は流浪の民になります。さらには、クリスチャンに対する迫害が始まり、200年以上もそれが続きます。西暦313年、コンタンティヌス帝がキリスト教を国教にしました。迫害が収まったのは良いのですが、コンタンティヌス帝は教会を制度化し、管理するようにしました。国王が聖職者を任命しましたが、異教徒の祭司もその中に含まれました。そして、国が任命した聖職者のもとで、国が決めた場所でしか礼拝をすることができなくなりました。西ローマ教会はやがてローマ・カトリック教会となり、さらに制度化してしまいました。端的に言うと、「教皇と聖職者が教会であり、一般信徒は教会の外」と考えられました。教会は、ラテン語訳のヴルガータが正典であり、自国のことばで翻訳することを禁じました。一般信徒が勝手に聖書を読むと間違えて解釈することを恐れたからです。そのため、教会こそが教えの番人であり、教会の言ったことが正しいのです。そして、人々は教会に来ることにより、キリストの救いと正しい教えをいただくことができたのです。今もそうですが、ローマ・カトリック教会は教皇(法王)を頂点とするピラミッド型の階級制度(ヒエラルキー)になっています。初代教会の信徒の生きた交わりがなくなり、教会とは建物であり、制度的な宗教団体とみなされました。
ところが、1517年、修道士であったマルティン・ルターが立ち上がりました。はじめは、免罪符に対する信仰義認でした。さらに、ルターは聖書の権威の復活、万人祭司制を主張しました。ツヴィグリ、ジョン・カルヴァン、ノックスがそれに続きました。ローマ・カトリック教会は彼らを「プロテスト、講義するもの」と呼んで敵対視しました。それ以降、多くの教会がローマ・カトリックから離脱し、それぞれの教派を立ち上げました。神学的にはそれほど、違いはありませんが、教会の組織が異なります。ローマ・カトリック教会は教皇(法王)を頂点とするピラミッド型の階級制度(ヒエラルキー)になっています。イギリスの国教会(聖公会)は、呼び名は違いますが、組織はローマ・カトリックとほとんど同じです。18世紀、イギリスの国教会から出た、メソジスト教会は国教会と似ていて、監督制です。日本のきよめ派やペンテコステは監督制であり、牧師一人がほとんど決定します。教団の力が強く、有無を言わさず牧師をどこかの教会に派遣します。ちなみに、大和カルバリーもその流れです。その次に、ジョン・カルヴァンが考えた長老派があります。いわゆる代議員制であり、選ばれた人たちが教会を治めます。日本基督教団も長老派のような組織になっています。総会など会議がとても多いというのが特徴です。その次は組合教会とかバプテスト教会です。とてもフラットになっており、牧師も信徒の一人です。民主的であり多数決で決めるところがあります。欠点は決まるまで時間がかかるということです。
さて、どのような組織が聖書的であり、最も良いのでしょうか?リバイバルで、できたときの信条や制度を変えてはいけないという暗黙の了解があります。特に教団教派は、創立者の神学や組織体系を維持するところがあります。イエス様は「新しいぶどう酒は新しい皮袋に」とおっしゃったのですが、古い皮袋のまんまで、来ているところがあります。特に日本がそうであり、外国からいろんな宣教師がやってきたので、小さいわりにはたくさんの教団教派があります。当亀有教会はどうなんでしょう?私はトップダウン的な座間キリスト教会から当教会に派遣されました。当時は日本基督教団に属しており、役員や総会と一緒に決めました。しかし、1995年頃からセルチャーチを学び、牧師の権威を減らし、信徒中心の教会を目指しました。その当時、蒲郡の石原牧師が「フラット、フラット」と言いました。名古屋のある教会は権威主義的な教会でうまくいっていました。ところが石原牧師に言われ、牧師と信徒をフラットな関係にしました。まもなく、教会がなりたたなくなり、牧師も辞任することになりました。石原牧師あと、香港からベン・ウォン師が来られ、セルチャーチを強調しました。ベン・ウォン師は「牧師に聞くな、聖書に聞け」とか「教会は建物じゃない人である」「牧師室を焼いてしまえ」と過激な発言をしました。彼は「蜘蛛は足を切られたら死ぬが、ヒトデは足を切られても、また再生できる」と言いました。つまり、単純なセルこそが教会であると主張し、権威や組織を否定しました。
では、聖書的な教会の組織とはどうなんでしょう?エペソ4:11,12「こうして、キリストご自身が、ある人たちを使徒、ある人たちを預言者、ある人たちを伝道者、ある人たちを牧師また教師としてお立てになりました。それは、聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げるためです。」使徒、預言者、伝道者、牧師、教師は「五役者」と呼ばれ、キリストご自身が立てた「キリストの賜物」と言えます。Ⅰコリント12:28「神は教会の中に、第一に使徒たち、第二に預言者たち、第三に教師たち、そして力あるわざ、そして癒しの賜物、援助、管理、種々の異言を備えてくださいました」とあります。「第一に」というギリシア語はプロトーンであり、「第一の、最初の、一番大切な、何よりも勝る」という意味があります。言い換えると、教会形成のためには、「第一に使徒たち、第二に預言者たち、第三に教師たち」が必要だということです。現代は教団と牧師が教会のリーダーになっています。そして、「使徒や預言者はもういない」とまで言います。そうではありません。なぜなら、「キリストのからだ」を完成するためには、教役者たちが不可欠なのです。建築でたとえると、使徒が神さまから設計図をいただき、預言者が設計図どおり建てているかコンサルタントし、牧師や教師がどのように建てるか聖徒たちを指導するということです。
ペテロは教会を生きた神殿にたとえています。かしら石がイエス・キリストで、私たちクリスシャンは生ける石です。石がただ集まるだけでは瓦礫の山でしょう。使徒、預言者、伝道者、牧師、教師がいるからこそ、生きた神殿へと建て上げられるのです。私たちこそ、生ける神殿であり、その中に神さまが臨在して、栄光を現してくださいます。アーメン。
3.コリントの教会
コリントの教会は聖霊の賜物にあふれていた教会でした。パウロは「聖霊の賜物とは体の器官であり、それらが組み合わされてキリストの体になるのだ」と言っています。なぜ、こんなことを話すかというと教会は時代を重ねると、制度や組織になりました。ローマ・カトリックは聖職者と一般信徒を分けました。プロテスタント教会はそこまでいかなくても、教役者と信徒に分けました。ある教会では信徒を「平信徒」レイマンと呼んでいます。レイマンは、専門的に学んでいない人のことであり、かつてイエス様の弟子たちもそう呼ばれていました。使徒4:13「彼らはペテロとヨハネの大胆さを見、また二人が無学な普通の人であるのを知って驚いた。また、二人がイエスとともにいたのだということも分かってきた。」これは当時のユダヤ議会の弟子たちに対する発言です。万人祭司と言いながら、今日までも、プロとアマを分けるところがあります。本来は聖徒たちが奉仕の主役であり、使徒、預言者、伝道者、牧師、教師の五職はコーチなのであります。アメリカの教会では賃金を払ってスタッフを雇います。教会員はお客さんであり、礼拝に出席し、献金をすれば良いようになっています。そこへ行くと、福音自由教会などは「組合教会」のようです。ヨーロッパではギルドという、商工業者の組合がありました。そのような教会は洗礼を受けた後、正規の教会員になるために規約に署名しなければなりません。入会のとき、教会を支えるための献金や奉仕が義務付けられます。この世の中は、単なるサークルでない限り、一定の仕事が義務付けられています。ですから、人々は「教会もそうなんだ」と問題を感じないで、教会員になります。一般の教会はそこまでいかなくても、教会員になったからには、何等かの奉仕を担う必要があります。
私は座間キリスト教会で、25才で洗礼を受けました。会社で仕事をしていましたが、印刷とかお掃除を手伝いました。献身を表明すると、日曜学校の教師、様々な集会の準備をするスタッフになりました。毎朝6時前、早天のために教会のドアを開けます。聖歌隊で歌うし、家庭集会にもでかけます。それぞれの会長はいるものの、青年会や学生会のお世話をしました。賜物あるないに関わらず、奉仕をあてがわれました。一般の教会は牧師と役員会で、行事や奉仕活動を決めます。そのところに、能力のありそうな信徒をあてがうわけです。教会では奉仕者がどうしても足りないので、「これをやってください」とお願いします。しかし、会社や家庭があるので、奉仕はどうしても限られてしまいます。だから、教会はスタッフを雇った方が気兼ねなく、奉仕活動を行うことができます。しかし、私はセルチャーチを学んでから、「賜物と志のある人が、奉仕をすればよいのでないか」と思うようになりました。何人かでチームを作って、自主的に活動するように勧めました。その最たるものが、ゴスペル・クワイヤーです。総会資料を見ると、礼拝の賛美チームも入れて、20個近くの小グループがあります。私は度々「セルはうまくいかなかった」と言いますが、聖徒主導の小グループがたくさんあるということでは、成功したのではないかと思います。アーメン、ハレルヤ!
では、パウロがコリントの手紙で言っている教会というのはどういうものなのでしょうか?Ⅰコリント12:6-11「働きはいろいろありますが、同じ神がすべての人の中で、すべての働きをなさいます。皆の益となるために、一人ひとりに御霊の現れが与えられているのです。ある人には御霊を通して知恵のことばが、ある人には同じ御霊によって知識のことばが与えられています。ある人には同じ御霊によって信仰、ある人には同一の御霊によって癒しの賜物、ある人には奇跡を行う力、ある人には預言、ある人には霊を見分ける力、ある人には種々の異言、ある人には異言を解き明かす力が与えられています。」聖霊の賜物はローマ12章に、他に7つ書かれています。パウロは教会を人間の体にたとえています。体の各器官が聖霊の賜物であるということです。体のかしらはキリストです。各器官はかしらであるキリストに聞いて、奉仕すれば良いのです。教会は制度でもなく、会社の組織や政治団体とは違います。かしらなるキリストから命令を聞き、聖霊のいのちによって動いている、キリストのからだなる教会なのです。だから、奉仕を牧師や役員が、適当にあてがうというものではありません。大体、賜物がないのに、無理やりやらされているというのは嫌です。ある教会は洗礼を受けた人が教会を去らないように、奏楽の奉仕を義務的に与えています。それでは本末転倒であります。神さまは全知全能であり、人間の助けがなくてもできるのです。ただし、神さまはキリストによって成された贖いを広めるためには、教会を用いなければならないのです。神さまは救われた人を用いて、神の国が拡大するようにしたいのです。ですから、神さまに用いられたら、義務ではなく、特権であると思わなければなりません。
父なる神が御子イエスを誕生させるために、人間が必要でした。マリアはメシアを生むために自分を捧げました。離婚覚悟、石打ち覚悟で「おことばどおりなるように」と献身したのです。ヨセフもそうです。メシアの誕生のために100キロも離れたベツレヘムに身重のマリアを連れて行きました。生まれた後は、ヘロデの追手から逃れるためにエジプトに避難しました。それも、夜中です。ヘロデが死ぬと、今度はナザレに行けと言われました。ヨセフは神さまに振り回されましたが、文句ひとつ言っていません。神さまはイスラエルを全世界に対する祭司として選びました。ところそれがうまくいかなくて、御子イエスを遣わし、12部族ならぬ、12使徒を選びました。イエス様は十字架と復活を成し遂げたあと、弟子たちに教会形成を命じました。教会はキリストの血で贖われた神の教会です。私たちが教会を建てるのではありません。イエス様は「わたしは・・・わたしの教会を建てます」と言われました。教会は神殿であり、私たちが生ける石です。また、教会はキリストの体であり、私たち一人ひとりがその器官です。結論的に言いますと、神さまはおひとりで何でもできますが、教会を通して働きたいと願っておられます。使徒、預言者、伝道者、牧師、教師も必要ですが、彼らは聖徒が奉仕の働きができるように召されています。働きの主役は聖徒たちです。そして、働きのみなもとは聖霊です。聖霊は私たちの中に住んでいらっしゃいます。神さまは私たち教会を通して、キリストによって成された救いを広めたいのです。