きょうお集いの兄姉は、ほとんどが一代目のクリスチャンではないでしょうか?私たちは自分の子ども含めて、何とか次の世代に信仰を継承していきたいと思います。一代目のクリスチャンは、後継者の気持ちを理解する必要があります。そうでないと、「なまぬるい」とか、「信仰がないとか」さばいてしまうからです。聖書を見ますと、初代の指導者とその後継者と、それぞれの特徴があることを発見します。きょうは二代目の特徴を三つあげながら、彼らの気持ちを理解したいと思います。
1.穏やかである
一般的に一代目の信仰者は気性が荒くて、二代目は穏やかではないかと思います。モーセが一代目の指導者であるなら、ヨシュアは二代目であり、後継者ということになります。モーセは波乱万丈の信仰生活を送りました。3才くらいのとき、ナイル川に流され、ファラオの娘が彼を拾い上げました。実の母が賃金をもらって乳母として育てることになりました。モーセはエジプトの王子として成長し、世界で最も進んだ学問を学ぶことができました。しかし、母が精神的な影響を与えたので、ヘブル人としての価値観を失いませんでした。彼は40歳の時、自分の民を助けようと、エジプト人を殺しました。そのことが発覚し王のもとから、ミデアンの荒野に逃れ、羊飼いになりました。80歳になったとき、主から呼び出され、兄のアロンと共に、イスラエルの民を解放するために働きました。一方、ヨシュアはどうでしょう?モーセが指導者として活躍しているとき、ヨシュアはモーセに仕えていました。ヨシュアの名前が最初に出てくるのが、出エジプト記17章です。モーセが山の上で祈り、ヨシュアは男たちと共にアマレクと戦いました。また、モーセが十戒をいただくために神の山に登りました。ヨシュアは従者として山のふもとで40日間、モーセを待っていました。最も決定的な出来事は、カナンの地に攻め上ろうとした時です。民数記13章に書かれていますが、12人の偵察隊のうち、カレブとヨシュアだけが「攻め上ろう」と主張しました。他、10人は約束の地を悪くいいふらしたので、全イスラエルはあきらめて、エジプトに帰ろうと言いました。その結果、イスラエルの民は40年も荒野をさまようことになり、カレブとヨシュアを除く一代目のイスラエルは全部死に絶えました。モーセはピスガの頂から約束の地を見ることはできましたが、入ることは許されませんでした。120歳でモーセは死にました。約束の地は後継者であるヨシュアが次世代のイスラエルを導く指導者になりました。単純に言うことはできませんが、モーセは波乱万丈の人生を送りましたが、ヨシュアは比較的安定した信仰生活を送りました。ヨシュアはモーセと比べて、信仰的に穏やかではなかったかと思います。
今度は、新約聖書のパウロとテモテを例にあげたいと思います。パウロの以前の名前はサウロと言いました。サウロはダマスコのガマリエルの門下生であり、律法を専門的に学んだ学徒でありました。ピリピ人への手紙3章にこのように自己紹介をしています。「私は生まれて八日目に割礼を受け、イスラエル民族、ベニヤミン部族の出身、ヘブル人の中のヘブル人、律法についてはパリサイ人、その熱心については教会を迫害したほどであり、律法による義については非難されるところがない者でした。」(ピリピ3:5,6)。そうです。以前のパウロは教会を迫害するほど熱心であり、ダマスコの途上で復活の主と出会い、打ち倒されました。彼は180度転換し、今度はキリスト者を擁護する伝道者になりました。そのため、同胞のユダヤ人から命を狙われるはめになりました。パウロは小アジア、ギリシャなど3回の伝道旅行をし、たくさんの教会を創設しました。最後には囚人としてローマに渡りましたが、そこからも手紙を書き送りました。晩年、パウロは、このようにテモテに書き送っています。Ⅰテモテ1:13「私は以前には、神を冒瀆する者、迫害する者、暴力をふるう者でした。しかし、信じていないときに知らないでしたことだったので、あわれみを受けました。」そして、「私はその罪人のかしらです」とも言っています。新約聖書でパウロほど波乱万丈の信仰生活を送った人はいません。一方、パウロの後継者テモテはどうだったでしょうか?Ⅱテモテ1:5「私はあなたのうちにある、偽りのない信仰を思い起こしています。その信仰は、最初あなたの祖母ロイスと母ユニケのうちに宿ったもので、それがあなたのうちにも宿っていると私は確信しています。」テモテの父はギリシャ人で、母はユダヤ人でした。彼の信仰は祖母ロイスと母ユニケから継承されたものです。さらに、Ⅱテモテ3:14,15「けれどもあなたは、学んで確信したところにとどまっていなさい。あなたは自分がだれから学んだかを知っており、また、自分が幼いころから聖書に親しんできたことも知っているからです。」テモテは幼い頃から聖書に親しみ、信仰の道を歩んできました。その後、パウロに見いだされ、宣教を共にするようになりました(使徒16:1)。やがて、テモテはパウロからエペソ教会を任され、パウロにとって最も忠実な後継者とみなされました。そのことはテモテへの手紙第一と第二に記されています。このようにパウロと比べて、テモテの信仰は穏やかで安定しております。
第一のポイントで言いたいことはこれです。一代目のクリスチャンは罪の中から救われ、劇的な回心を経験しました。それに比べ、二代目のクリスチャンは子どものときから、信仰的な環境の中で育てられました。そのため、劇的というよりは、穏やかな信仰の持ち主です。信仰がないわけではありませんが、過激で粗削りの一代目とは違うということです。みなさんの中に、「私が家族の最初のクリスチャンです」という兄姉はいませんか?罪の中から、キリストを発見して、救われました。ビフォー・アフターではありませんが、信じる前と信じた後では、全く違うでしょう。自分が救われた証をするのに、たったの10分間ではまとめきれないでしょう。あれやこれやと語ったら1時間は必要でしょう。それだけ罪の世から、神の国に入るためエネルギーが費やされ、劇的であったということです。しかし、二代目ははじめから信仰があったので、神の恵みが当たり前で生きてきたのです「では、信仰がないか」というとそうではありません。たとえ劇的な回心がなくても、幼いときから培ってきた信仰があります。ハクキンカイロというのがありますが、炎はなくても、科学原理によって発熱しています。二代目、三代目と重なるにつれて、一代目と比べて、穏やかで信仰的に安定しているようであります。
2.恐れやすい
二代目以降のクリスチャンは、聖書や信仰のことをよく知っているので、その分、恐れやすいということです。どういう訳か、知識が増すと恐れも増します。ヨシュアは神さまからどう言われたでしょうか?ヨシュア1:9「わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたが行くところどこででも、あなたの神、【主】があなたとともにおられるのだから。」「あなたに命じたではないか」と言われているので、前にも同じことを言われたことがあるということです。言い換えると、ヨシュアは「恐れやすかった」ということでしょう。しかし、ヨシュアは恐れに立ち向かい、恐れを克服した人物でもあります。ヨシュアは40年以上モーセに従ってきました。モーセが杖を持ってたくさんの奇跡を起こしたことも見てきました。昔、『十戒』という映画を見たことがありますが、ヨシュアはエジプトを脱出する前から、モーセに仕えていたように描かれています。次に、パウロの後継者、テモテについて調べたいと思います。Ⅱテモテ1:7,8「神は私たちに、臆病の霊ではなく、力と愛と慎みの霊を与えてくださいました。ですからあなたは、私たちの主を証しすることや、私が主の囚人であることを恥じてはいけません。むしろ、神の力によって、福音のために私と苦しみをともにしてください。」テモテに臆病の霊があったということでありませんが、恐れやすい人物ではなかったかと推測します。Ⅰテモテ1章には「これからは水ばかり飲まないで、胃のために、また、たびたび起こる病気のために、少量のぶどう酒を用いなさい」(Ⅰテモテ5:23)と書かれています。テモテは度重なる牧会の心労のため、胃腸を壊していたのでしょう。そういう意味で、テモテはパウロよりも、ナイーブだったのではないかと思います。
私もそうですが、一代目のクリスチャンは「なにくそ!」とけんか腰で立ち向かうところがあります。向こう見ずで、怒りとチャレンジ精神で乗り越えるところがあります。自分のことを標準にしてはいけませんが、かつての私は怒りをバネにして生きてきました。罪の世界と縁を切って、クリスチャンになりましたので、世的でなまぬるいクリスチャンをさばいて生きてきました。逆に言うと、罪の世界に逆戻りしてはいけないという、不安と恐れがあったのかもしれません。でも、それらを隠して強がって生きてきたのだと思います。一方、二代目以降のクリスチャンはどうでしょう?「恐れやすい」と言ったら、叱られるかもしれませんが、彼らは対抗意識を露骨に現しません。臆病ではないかもしれませんが、無益な争いごとを避ける知恵があるのだと思います。先輩のクリスチャンたちの行き過ぎや、失敗をたくさん見てきたので、かしこくなっているわけです。でも、一代目のクリスチャンほどの情熱があるかというと、ないかもしれません。一代目のクリスチャンは恐れを知らずに立ち向かって生きてきました。しかし、二代目以降のクリスチャンは「そこまでやらなくても、なんとかなるさ」と思っています。だから、あえて冒険を犯さないところがあります。でも、彼らの中には少なからず、一代目の人たちのような失敗はしたくないという恐れがあるのではないでしょうか?
一代目のクリスチャンが、恐れがないというのではなく、向こう見ずだということです。なぜなら、自分が異教徒の中でクリスチャンになるとき、切り捨てなければならないものがたくさんあったからです。友人や家族からも反対されたことでしょう。私は友人から「キリスト教にかぶれてしまった」と馬鹿にされました。それでも、救いの喜びが大きかったので、人間関係よりも信仰を第一にしました。福音書に「わたしのもとに来て、自分の父、母、妻、子、兄弟、姉妹、さらに自分のいのちまでも憎まないなら、わたしの弟子になることはできません」(ルカ14:26)と書いてあるからです。つまり、信仰による困難や恐れをふりきって、イエス様に従うという決死的な覚悟がありました。それに比べ、二代目以降のクリスチャンは馬鹿にされるのが怖いので、「私はクリスチャンだから」とあえて主張しません。信仰のことで人と対決することを避けます。子どものとき、自分の父や母があまりにも頑固だったので、閉口してしまったという経験があるのでしょう。私は、自分の子どもたちがどのようにふるまっているか分かりません。はっきり分かることは、自分の信仰を他の人に押し付けたりはしていないということです。それを、「二代目が、臆病であり、恐れがあるからだ」と決めつけるのは言い過ぎかもしれません。
でも、聖書のヨシュアとテモテは、そのことが当てはまるようです。では、他にいないか探してみました。アブラハムの子、イサクはどうでしょう?彼は二代目です。聖書にイサクがだれかと争ったという記事はありません。第一のポイントと重複しますが、イサクは穏やかでした。ペリシテ人が井戸を横取りしても、新しい井戸を掘りました。では、恐れに対してはどうでしょう?創世記26章に記されていますが、イサクは自分の妻を「あれは私の妹です」と言いました。なぜなら、その土地の人たちが、リベカのことで自分を殺しはしないかと恐れたからです。主はイサクにこう言われました。創世記26:24【主】はその夜、彼に現れて言われた。「わたしは、あなたの父アブラハムの神である。恐れてはならない。わたしがあなたとともにいるからだ。わたしはあなたを祝福し、あなたの子孫を増し加える。わたしのしもべアブラハムのゆえに。」預言者エレミヤはどうでしょう?彼は祭司ヒルキヤの子でした。彼は若くして預言者に召されました。その時、主は彼にこう言われました。エレミヤ1:8「彼らの顔を恐れるな。わたしがあなたとともにいて、あなたを救い出すからだ。」エレミヤは迫害のゆえに、ともて苦労した預言者であり、常に恐れと戦っていました。恐れはしばしば、知識からやってきます。親たちの信仰生活を見てきたので、客観的にいろんなことを知っています。反面教師的なものもありますし、傍観者的なところもあります。牧師の子どもたちも、そうですが、彼らには一代目にはない、特別な恐れがあることは確かです。ヨシュア1:9「わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたが行くところどこででも、あなたの神、【主】があなたとともにおられるのだから。」Ⅱテモテ1:7「神は私たちに、臆病の霊ではなく、力と愛と慎みの霊を与えてくださいました。」アーメン。親からゆずり受けた信仰を、改めて自分のものとするために、勇気をもって勝ち取る必要があると思います。
3.適合性がある
一代目はだれから伝道されてクリスチャンになりました。その方が牧師であるか宣教師であるか分かりませんが、強烈な影響を受けたことは確かです。そして、その方の教えや指導に忠実に従って来たわけです。ところが、二代目以降のクリスチャンはもっと合理的に考えます。なぜ、それほどまで先代の教えに従う必要があるのか分かりません。そして、この世とうまく適合した信仰のかたちを作っていきます。言い換えると、一代目はあちこち、でっぱりが多かったのですが、二代目以降は角がとれて丸くなるということです。最近、チャールズ・クラフト師が書いた“Issues in Contextualization”を読みました。Contextualizationというのは、文脈化という意味であり、本質を変えることなく土着の文化に合わせるということです。宣教師たちが海外に出かけて伝道し、教会を設置します。彼らはキリスト教の福音だけではなく、彼らの文化も一緒に持ち込みます。彼らの文化は必ずしも聖書的ではないのですが、自分たちの文化を土着の人たちに強いるところがあります。たとえるなら、それは木を移植することです。しかし、文脈化をたとえるなら、種を植えて、土着の文化の中で育つようにするということです。みなさんは気づいているでしょうか?キリスト教が外国からやってくるとき、聖書の福音だけではなく、彼らの文化も一緒に入ってくるということを。文化というのは、宗教形式、価値観、衣食住にまで及びます。日本に最も多いのはアメリカからの宣教師です。他にドイツやイギリス、スウェーデンから来る宣教師もおられます。近年はお隣の韓国からも宣教に来られています。はっきり分かることは、彼らが持っている文化も一緒に輸入されるということです。チャールズ・クラフト師は文脈化に対して、一代目と二代目以降のクリスチャンは異なると言っています。一代目のクリスチャンは、宣教師がもたらした文化形式のほとんど、あるいはすべてを絶対的なものとして、神聖視する傾向は、ほとんど普遍的に見られるようです。そのため、教会員がこれらの「神聖な」伝統を慎重に模倣し、新入生や新しい世代に慎重に継承することを求めるのです。二代目以降のクリスチャンは、それまでの忠誠心に反することを選択し、部外者に順応し、必要以上に行動を変える可能性が高いのです。いずれにせよ、後継世代では文脈の整理が多く発生します。
日本に宣教に来られた方々は決して悪気がある訳ではなりません。良かれと思って、聖書にはない自分たちの文化を福音と一緒に持ってきたのです。一代目のクリスチャンは自分たちの文化と相いれなくても、神聖なものであるかのように受け入れ、それを継承しようとします。たとえば、聖日礼拝には男性は正装、女性はスカートです。ジーパンで来るなんて論外です。酒やたばこ、ダンス、映画もダメです。神様を愛することは、すなわち教会を愛することです。奉仕とは教会の伝道のために働くことであり、仕事はお金を得るための俗的な活動です。極端と思うかもしれませんが、昭和のクリスチャンはこのように教えられました。私は大川牧師から「聖日礼拝厳守、這ってでも来い」と言われ、そのように実行してきました。でも、私は聖書的でない文化もあること気づき、新しく救われた人たちには、強要していません。実は、神学的にも問題があります。日本人は忠義心が強いので、宣教師や宣教団体から受けた神学を踏襲していく傾向があります。カルヴァン、ルター、ジョン・ウェスレー、カール・バルトたちをあがめています。聖書的でないところがあるのに変えようとしません。だから、日本は100年たっても、教団教派の壁が壊れません。彼らは最初に受けた教えを守ることが忠実なことであると信じているからです。でも、二代目以降の牧師やクリスチャンになると、不合理なところを変える力を持っています。聖書の本質は変えてはいけませんが、聖書が言っていない周辺的なものは変えて良いのです。
初代教会には二種類の人たちがいました。1つはユダヤ教から改宗したクリスチャンです。彼らはモーセの律法や儀式を守りました。一方、ギリシャ語を話す人たち、つまり異邦人は、そうではありませんでした。旧約聖書の知識や伝統がないので、シンプルな信仰でした。でも、異教の教えや風習が染みついているので、これらを取り除く必要はありました。イエス様は「新しいぶどう酒は新しい革袋に」と言われましたが、自分では新しいと思っていたのに、いつの間にか、古くて堅い革袋になっていました。私たちの賛美や礼拝形式もそうです。なぜ、日曜日の10時半から礼拝が始まるのでしょう?ある説によりますと、農場では、朝、乳しぼりなどの農作業があります。朝の農作業を終えてから来られる時間が10時半だというのです。私たちはやっていませんが、「使徒信条」「主の祈り」「交読文」を唱えている教会もあります。古いのが良いと思っているのが、一代目のクリスチャンです。もし、私が10代や20代の若者たちの礼拝に出席したなら、肝をつぶすかもしれません。ずーっと立ちっぱなしで30分賛美して、疲れないでしょうか?講壇がなくて、ワイヤレス・マイクで歩きながら説教をすることができるでしょうか?二代目以降のクリスチャンの良いところは、適合性があるということです。言い換えると、押し付けられた外国の文化に対して、日本人に文脈化できるということです。以前、私は韓国の教会に長年、熱心に学びました。でも、韓国の教会は儒教の教えがあるので、目上の人には従うところがあります。結構、厳しく言われても彼らは教会を離れません。しかし、日本はナイーブな文化であり、厳しく言われると信徒は教会を去って行きます。日本人はクリスチャンになっても、情感的には日本人というところがあります。Ⅰコリント9:19-23抜粋「私はだれに対しても自由ですが、より多くの人を獲得するために、すべての人の奴隷になりました。ユダヤ人にはユダヤ人のようになりました。ユダヤ人を獲得するためです。…律法を持たない人たちには──私自身は神の律法を持たない者ではなく、キリストの律法を守る者ですが──律法を持たない者のようになりました。律法を持たない人たちを獲得するためです。…私は福音のためにあらゆることをしています。私も福音の恵みをともに受ける者となるためです。」私たちは律法を持たない異邦人のクリスチャンです。そして、私たちは御国の民であり、日本人のクリスチャンです。神様が日本人という人種を造られたのですから、日本人をやめることはできません。おそらく、日本人には神の栄光を現す良いところがたくさんあると信じます。内村鑑三は「私は二つのJを愛する」と言いました。二つのJとはジーザスとジャパンです。一代目も二代目以降も二つのJを愛します。