福音はサマリアまで伝えられました。「使徒の働き」を見ますと、使徒9章はサウロ(後のパウロ)の回心、10章と11章はカイサリヤにおけるコルネリウス一家の回心のことが記されています。使徒ペテロは異邦人の伝道に消極的でしたが、神さまから幻を見せられて、やっとのこと重い腰を上げました。ペテロがまだ話し終わっていないのに、コルネリウス一家に聖霊が注がれました。ペテロがエルサレムに上って、そのことを伝えるのですが、何とかそのことが受け入れられました。それだけ異邦人伝道は頭で分かっていても、受け入れがたいことだったのです。異邦人伝道の根拠地はエルサレムではなく、新しくできたアンティオキア教会です。新改訳聖書2017年度版から「アンテオケ」から「アンティオキア」に呼び名が変わりました。
1.アンティオキア教会
現在のシリアですが、アンティオキア教会はどのようにしてできたのでしょうか?使徒11章の後半にそのことが記されています。「さて、ステパノのことから起こった迫害により散らされた人々は、フェニキア、キプロス、アンティオキアまで進んで行ったが、ユダヤ人以外の人には、だれにもみことばを語らなかった。ところが、彼らの中にキプロス人とクレネ人が何人かいて、アンティオキアに来ると、ギリシア語を話す人たちにも語りかけ、主イエスの福音を宣べ伝えた。」おそらく、異邦人に福音を伝えたのは、ギリシア語を話すユダヤ人、つまりヘレニストであったろうと思います。彼らは合理的でユダヤ教の律法や風習は気にしなかったのでしょう。主の御手が彼らともにあったので、大勢の人が信じて主に立ち返りました。その知らせがエルサレムに届き、使徒たちはバルナバをアンティオキアに遣わしました。バルナバは本名はヨセフでしたが、慰めの子「バルナバ」とよばれていました。彼は回心したてのサウロ(のちのパウロ)を引き受け、エルサレム教会に連れて行ったことがあります。バルナバが来たおかげで、さらに大勢の人が主に導かれました。バルナバは、「専門的に教える人が必要だ」と考えて、サウロを捜しにタルソに行きました。おそらくサウロが回心してから、12年くらいたっていたと思われます。サウロはのちのパウロですが、バルナバがリクルートしたのです。あとで立場が逆転するのですが、バルナバは平気だったようです。サウロたちが1年くらいそこで教えたのですが、アンティオキアで初めて「キリスト者」と呼ばれるようになりました。周囲の人々が「やつらは明けても暮れても、キリストの名を唱えている。キリスト党員だ」とつけたあだ名でしたが、それを逆手にとった呼び名です。それまでは「道の者」と呼ばれましたが、現代で言うなら「クリスチャン」です。
さて、使徒13章に飛びますが、アンティオキアからはじめて異邦人伝道が開始されます。宣教師たちによる最初の海外宣教と言っても良いかもしれません。使徒13:1-3「さて、アンティオキアには、そこにある教会に、バルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、クレネ人ルキオ、領主ヘロデの乳兄弟マナエン、サウロなどの預言者や教師がいた。彼らが主を礼拝し、断食していると、聖霊が「さあ、わたしのためにバルナバとサウロを聖別して、わたしが召した働きに就かせなさい」と言われた。そこで彼らは断食して祈り、二人の上に手を置いてから送り出した。」このところにおどろくべきことが2つ記されています。第一はアンティオキア教会の主要な人物二人を宣教のため派遣するということです。現代でいうなら、主任牧師と副牧師であります。主力の人たちを失ったら、残された教会はどうなるでしょう?第二は、聖霊が「私が召した働きに就かせなさい」と命じたということです。現代は教団会議もしくは教会総会で、いろいろ議論してから按手して送り出すでしょう。でも、このところでは、聖霊が語り、聖霊が二人を送り出しています。つまり、聖霊が顕著に働いていたということです。昔、リバイバリストの申賢均師の体験談を聞いたことがあります。先生は伝道のために、韓国だけではなく日本にもよく来てくださいました。あるとき、先生を送り出している教会の長老たちがこう言ったそうです。「牧師先生、あまり外に出ないでください。私たちが給与を払っているのですから、私たちの教会を世話してください」。申賢均師は「分かりました。では、辞めます」と辞表を提出して、次の日から自分を自由に送り出してくれる教会に移ったそうです。先生は、エバンジェリスト(伝道者)ですから、一箇所にじっとしていられないのです。私は牧師ですから、30年以上も同じ教会にいても平気です。サウロ、のちのパウロは使徒ですから、伝道者と同じで、一箇所にじっとしていられません。教会を設置したら、新しい場所に出かけて、教会を設置するタイプです。
とにかく、アンティオキア教会から初めて宣教師が派遣されました。日本の宣教団体に『アンテオケ宣教会』というのがありますが、このところから命名されたものです。日本にプロテスタントの宣教師が来たのは、1860年ですから約160年たっています。日本はずっと海外の宣教団体からお世話になって来ました。今から40数年前、アンテオケ宣教会を設立しようとしたとき、日本の主だった牧師たちが大反対したそうです。「日本にはクリスチャンが人口の1%もいないのに、海外宣教とは何ごとぞ?日本こそ、地の果てではないか。日本人を伝道するのが、すなわち海外宣教なんだ」と言ったそうです。どのように発足したのか良く分かりませんが、日本の教会の多くは、宣教されて当然みたいな甘えがあったのかもしれません。私自身も正直言って、海外宣教にはあまり興味がありません。そのような私がこの箇所から語る資格がないように思えます。伝道と宣教を日本語では分けていますが、英語では同じです。強いて言うなら、海外宣教は「異民族、異文化への伝道」です。言葉も生活習慣も違うのですから、大変だと思います。宣教師たちは数年経つと、1年間くらいDeputationという宣教報告と休暇を取るために本国に帰ります。牧師としては、「え?そんなに早く?」と思いますが、「異民族、異文化への伝道」はそれだけ、ストレスが溜まるということなのでしょう。とにかく、アンティオキア教会は主要な人物二人を宣教のために遣わしました。それも、聖霊の御声をダイレクトに聞いてであります。自分の教会のことだけではなく、海外宣教ということを少しは考えるべきだと思います。日本はキリスト教に関しては、ずっと海外からお世話になって来たということを忘れてはいけないと思います。イエス様は「受けるより与える方が幸いである」とおしゃいました。
2.小アジア伝道
使徒13章と14章は、「バルナバとサウロ」の小アジアでの伝道旅行が記されています。これはパウロの第一次伝道旅行として知られています。まもなく、「パウロとバルナバ」となっているのは、パウロがリーダーシップを取るようになったからかもしれません。キプロスの伝道後、マルコ・ヨハネが故郷に帰りますが、そのことが原因だったのかもしれません。なぜなら、マルコ・ヨハネにとってバルナバはおじさんだったからです。彼らは現在のトルコのあたりを伝道しています。パウロは第二伝道旅行のときも同じ場所をおとずれていますが、テサロニケとガラテヤに手紙を書いています。このように使徒の働きは、パウロが書いたたくさんの手紙の背景を知るためにも大変重要です。恥ずかしい話ですが、私は「使徒の働き」自体から説教をするのは30年ぶりかもしれません。「聞く人はたぶん面白くないのではないのでは?」と懸念していたからです。でも、ハワイのラルフ・モア師は「『使徒の働き』は、教会プランティングのためには必読書である」とおっしゃっていました。ラルフ・モア師は海外も含めて、200個以上も教会を建てた先生であります。私は1個も教会を開拓していませんので、「怠慢だったなー」と深く反省しております。
ところで、使徒の働き13章と14章を読むと、彼らの伝道の方策を知ることができます。このことは福音書に記されているイエス様が弟子たちを派遣した内容とほとんど同じです。まず、パウロとバルナバはユダヤ人の会堂を借りて説教しました。使徒13:14-16二人はペルゲから進んで、ピシディアのアンティオキアにやって来た。そして、安息日に会堂に入って席に着いた。律法と預言者たちの書の朗読があった後、会堂司たちは彼らのところに人を行かせて、こう言った。「兄弟たち。あなたがたに、この人たちのために何か奨励のことばがあれば、お話しください。」そこでパウロが立ち上がり、手振りで静かにさせてから言った。「イスラエル人の皆さん、ならびに神を恐れる方々、聞いてください。…」このように、聖書から奨励を語ることのできる機会がありました。パウロは相手がユダヤ人なので、ステパノと同じようにイスラエルの歴史から話し始めました。後半からは、イエス様の死と復活のことを話しました。結論はこのようになっています。使徒13:39,40「ですから、兄弟たち、あなたがたに知っていただきたい。このイエスを通して罪の赦しが宣べ伝えられているのです。また、モーセの律法を通しては義と認められることができなかったすべてのことについて、この方によって、信じる者はみな義と認められるのです。」これらのことばは、パウロがローマ書などで述べていることと全く同じです。律法の行いではなく、イエス・キリストを信じる者が義と認められるという主張です。古い訳は「解放される」でしたが、2017年訳は「義と認められる」と訳しています。
このようにパウロたちがユダ人の会堂で話すと、2つに分かれました。異邦人たちはこれを聞いて喜び、主のことばを賛美しました。そして、永遠のいのちにあずかるように定められていた人たちはみな、信仰に入りました(使徒13:48)。ところが、この群衆を見たユダヤ人たちは、ねたみに燃え、パウロが語ることに反対し、口汚くののしりました(使徒13:45)。パウロたちは間もなく、町から追い出され、次の町に逃げのびて、そこで伝道しました。そのとき、「ふたりは、彼らに対して足のちりを払い落して」(使徒13:51)とありますが、福音書に書いてあるとおりのことをしました。同じようなパターンがずっと続きます。ユダヤ人の会堂で話す。ユダヤ人による妨害が起る。それでも異邦人たちが神のことばを受け入れて信じる。ユダヤ人たちが町の人たちを扇動し二人を追い出す。ときには石を打ちつけられたり、裁判にかけられたりもします。このようなことは第二次、第三次伝道旅行のときもずっと繰り返して起ります。パウロが出した結論とは何でしょうか?使徒13:46-48「神のことばは、まずあなたがたに語られなければなりませんでした。しかし、あなたがたはそれを拒んで、自分自身を永遠のいのちにふさわしくない者にしています。ですから、見なさい、私たちはこれから異邦人たちの方に向かいます。主が私たちに、こう命じておられるからです。『わたしはあなたを異邦人の光とし、地の果てにまで救いをもたらす者とする。』異邦人たちはこれを聞いて喜び、主のことばを賛美した。そして、永遠のいのちにあずかるように定められていた人たちはみな、信仰に入った。」パウロは、アブラハムの子孫であるイスラエルが主に立ち返るようにみことばを語りました。しかし、彼らが福音を拒絶したので、異邦人の方へ向かうことにしたのです。ユダヤ人は自分自身で永遠のいのちにふさわしくない者と決めたのです。
ツロ・フェニキアの女性が自分の娘から悪霊を追い出してくださいとイエス様に懇願したことがあります。イエス様が彼女にこう言われました。「まず子どもたちを満腹にさせなければなりません。子どもたちのパンを取り上げて、小犬に投げてやるのは良くないことです。」(マルコ7:27)。子どもというのはユダヤ人です。そして、イエス様は「子犬」とおっしゃいましたが、「犬」と言うのは異邦人のことです。彼女は「主よ。食卓の下の小犬でも、子どもたちのパン屑はいただきます」と言いました。するとイエス様は、「女の方、あなたの信仰は立派です。あなたが願うとおりになるように」(マタイ15:28)と言われました。福音書の「王子の披露宴のたとえ」にも記されていますが、招待は最初にユダヤ人たちに対してでありました。招待されていた人たちは、二度も拒絶しました。王様は何と言ったでしょう?「招待した人たちはふさわしくなかった。だから大通りに行って、出会った人をみな披露宴に招きなさい。」大通りで出会った人というのは招待されていなかった異邦人のことです。パウロもイエス様も「ふさわしくない人」と言う表現を用いています。ふさわしい人とふさわしない人との違いは何でしょう?行いや身分ではありません。御国の福音を聞いて、その招待に応ずる人がふさわしい人なのです。もちろん背後には、その人には神さまの永遠の選びがあるかもしれません(使徒13:48)。しかし、そのことは隠されています。私たちはだれが選ばれて、だれが選ばれていないかは分かりません。確実に言えることは、神のことば、福音を聞いたら「いてもたってもいられない」飢え渇きがあるということです。そして、キリストを信じることによって救われるのだったら、ぜひ、信じたい。私にもその救いとやらを下さいと願うことです。そう願えるのは、背後で聖霊が働いている証拠です。
3.エルサレム会議
パウロとバルナバはエルサレムに上り、異邦人の改宗のことを詳しく話しました。ところが、パリサイ派の者で信者になった人たちが立ち上がり、「異邦人にも割礼を受けさせ、モーセの律法を守るように命じるべきである」と主張しました。そこで使徒たちと長老たちは、この問題について協議するために集まりました(使徒15:5,6)。これが、エルサレム会議と呼ばれるものです。なぜ、「エルサレムなのか?」そこにはイエスさまの直属の使徒たちがいたからです。彼らはいわば、正統派のキリスト教を伝授・査定する機関です。これまでも会議というかたちはとらなくても、使徒たちが新しくできた教会のことで協議しました。最初はピリポが伝道したサマリヤです。エルサレムにいる使徒たちは、ペテロとヨハネがを彼らのところに遣わしました(使徒8:14)。そして、二人がサマリヤの人たちに手を置くと、彼らは聖霊を受けました。また、使徒10章にはローマの百人隊長コルネリオとその一家の回心が記されています。ペテロがそのことをエルサレムで報告すると、「割礼のない人々のところに行って、彼らと一緒に食事をした」と非難する人たちがいました。すると、ペテロは自分が見た幻、聖霊の御声、御使いの導き、聖霊のバプテスマを話しました。人々は「それでは神は、いのちに至る悔い改めを異邦人にもお与えになったのだ」と言って、神をほめたたえました(使徒11:18)。さらには、アンティオキアに主を信じる群が出来た時です。その知らせがエルサレム教会に届き、彼らはバルナバをアンティオキアに派遣しました(使徒11:22)。今回はパウロとバルナバが小アジアでの宣教から帰国して、エルサレムで弁明することになりました。ここでは、異邦人がモーセの律法や慣習(割礼)なしでも救われるのかが、議論されました。何を言いたいか、というと、正統的な信仰の継承のために、エルサレム教会が存在していたということです。なぜなら、そこにはイエス様の直属の使徒たちがいたからです。イエス様はマタイ16章で、「わたしはこの岩の上に、わたしの教会を建てます。よみの門もそれに打ち勝つことはできません」と言われました。これはペテロ一人ではなく、使徒たちが教会の土台になるということです。つまり、教会は使徒性を重んじるべきであるということです。そうしなければ、異端の教えによって変質してしまうからです。
もう一度言いますが、この会議は「異邦人は、信仰のみによって救われるのか?」ということが協議されました。一体、どういうことが話されたのでしょうか?激しい論争があって後、ペテロは異邦人が福音のことばを聞いて信じて、自分たちと同じように聖霊が与えられたことを報告しました。使徒15:10,11「そうであるなら、なぜ今あなたがたは、私たちの先祖たちも私たちも負いきれなかったくびきを、あの弟子たちの首に掛けて、神を試みるのですか。私たちは、主イエスの恵みによって救われると信じていますが、あの人たちも同じなのです。」すると会衆は沈黙してしまいました。最後に議長であるヤコブがまとめました。彼はイエス様の兄弟ヤコブです。使徒15:19,20「ですから、私の判断では、異邦人の間で神に立ち返る者たちを悩ませてはいけません。ただ、偶像に供えて汚れたものと、淫らな行いと、絞め殺したものと、血とを避けるように、彼らに書き送るべきです。」パウロとバルナバは、このことを書いた手紙をアンティオキアに持って帰りました。エルサレムには、ペテロを始め、イエス様の直属の弟子である使徒たちがいました。彼らが承認することによって、異邦人教会も正統な信仰を持つグループであるということが承認されたのです。言い換えると、モーセの律法を守らなくても、割礼を受けなくても、福音を信じるだけで救われるということが承認されたのです。このことは、後にパウロがガラテヤ書やローマ書で神学的に言及している主要な事柄です。これは福音の根幹であり、ユダヤ教徒たちが最も反対する考えでもありました。パウロは信仰義認を宣べ伝えたために、彼らから迫害を受けたと言っても過言ではありません。約束の契約のない異邦人が信仰のみによって救われるとは、なんとすばらしいことでしょう。異邦人とは私たちのことです。私たちも神の民に加えられるのです。私たちはアブラハムの子孫、選民ではありませんでした。しかし、キリストを信じたことにより神の民に加えられたのです。律法ではなく、恵みによって救われるようになったのです。ハレルヤ!
「使徒の働き」は、キリスト教会の歴史書です。一般に、歴史はあまりパッとしないので、興味のある人が限られます。私は神学校の課題なので、しかたなく「使徒の働き」や、教会史を学んだところがあります。しかし、学んでいくうちに、自分の信仰のルーツを知ることができました。また、日本にはたくさんの教団教派がありますが、共通するところがたくさんあります。確かに強調点や、立場が異なりますが、「キリストを信じることによって救われる」という一点は共通しています。「使徒の働き」は名前のとおり、使徒たちの働きが記されています。でも、アンティオキア教会が出来た発端は、名もない人たちがギリシャ語を話す人たちにキリストの福音を伝えたことです。そして、その教会が異邦人の宣教のセンターになるとはなんということでしょう。もちろん、エルサレム教会の使徒たちも重要ですが、頭が固くて、ユダヤ教の習慣に留まっていました。そのため、はじめは異邦人への伝道に消極的でした。私たちも信仰歴が増してくると、どうしても保守的になります。ギリシャ語を話すユダヤ人はヘレニストと呼ばれました。新しいタイプのクリスチャンが出てくると、抵抗するかもしれません。私と大川牧師とは11歳離れています。福音の根幹は同じですが、「やっぱり違うなー」というところがあります。ですから、私よりも10歳若い人たちから、「やっぱり違うなー」と言われるかもしれません。でも、教会はどんなに時代が進んでも、使徒性を失ってはいけません。枝葉は違っていても、使徒たちから継承しているものを大切にしたいと思います。そして、最後に言いたいのは、宣教のスピリットです。イエス様が御国の拡大のために祈れとおっしゃいました。その働きの1つは、魂が救われ、一人でも多くの人が御国に入ることです。私たちも以前だれから受けたことでした。最初は抵抗しましたが、信じて本当に変えられました。この喜びと希望をひとりでしまっておくのはもったいないです。神さまもそのことを望んでいません。今度は次の人にこの信仰を手渡していきたいと思います。一番遠い人はだれでしょう?地球をぐるっと一周すると、あなたの隣人になります。