2008.01.06 世の終りの前兆 マルコ13:1-10

聖書の十分の一は終末(世の終り)に関することです。聖書の教えには、終末がなければ理解できない、あるいは解決できないことがたくさんあります。私たちは終末の時代に生かされています。2008年になりましたが、また1年、私たちは世の終りに近づいたのであります。世の終りはこの世の人にとっては絶望的な知らせですが、私たちにとっては御国の完成の良い知らせであります。でも、御国はすんなりとは来ません。世の終りと御国の間には、苦難があるとはっきり聖書が述べています。マルコ13章全体は、紀元70年エルサレム崩壊のことと、世の終りのこととが平行的(パラレル)に預言されています。弟子たちはエルサレム神殿の崩壊について尋ねましたが、イエス様はそのことと同時に、世の終りの出来事についても預言されました。イエス様は神様ですから嘘はつきません。そして、イエス様は神様ですから、遠い先のことも明日のことのように見ることができます。さて、世の終り、イエス様が再び来られる直前、どのようなことが起こるのでしょうか。今朝は「世の終りの前兆」と題して、6つのポイントで聖書から学びたいと思います。

1.偽キリストや偽預言者の出現

昨年末のことですが、日本漢字能力検定協会が募集する「今年の漢字」一文字は「偽」と決まりました。聖書によれば、世の終わりを象徴する漢字一文字も「偽」とされます。世の終り、世界中にそして、教会内に「偽」モノがはびこるようになるということです。歴史上、数え切れない人が「私こそメシヤだ」あるいは「メシヤの生まれ変わりだ」と名乗りました。また、偽預言者たちは、聖書とは違う教え、あるいは聖書にまさる教えの方に権威を与えました。異端の特徴とは何でしょうか?第一は、キリストが人となってこの世に来たことを否定します。第二は、十字架によるキリストの贖いを否定するか、あるいは不十分なものとします。第三は、三位一体を否定し、キリストが神に作られたとか、神よりも劣る者であると主張します。第四は、聖書の解釈が自己流で、中には自分たちの独自の経典を持っていたりします。その教えに縛られて、反社会的になったり、教団の奴隷になったりします。

イエス様は13:5「人に惑わされないように気をつけなさい」と注意しておられます。日本人は聖書に馴染みがないので、簡単にだまされてしまいます。統一教会の文鮮明に日本はカモにされ、「聖書にこう書いてある」と言われて、コロっとだまされています。エホバの証人は聖書を持ち、自らもクリスチャンだと言っているので、世の人たちは見分けがつきません。異端ほど伝道に熱心だというのは皮肉的です。私たちは「自分たちこそが本物だ」と恵みの中にどっぷり浸かっています。恵み自体はすばらしいのですが、本物であるからこそ、神からの情熱がなければなりません。また、人に惑わされないためには、キリスト教会という群れに属している必要があります。ヨハネ10章にあるように、強盗や狼が羊を狙っています。囲いから出て孤立した羊は非常に危険です。私たちは大牧者なるイエス様のもとで、良い草を食べて信仰を守り、また勇敢に戦って信仰を拡大していくべき存在であります。聖書には、「まだ、囲いに属していない他の羊がいる」と書いてあります。潜在的なクリスチャンがこの世にはいっぱいいるということです。どうぞ、真理のみことばを手にとり、十字架の贖いから来る愛をもって、一人でも多くの魂を主のもとに獲得しましょう。

2.戦争や戦争のうわさ

戦史家によれば戦争が起こった回数は15,000回以上であると考えられています。そして、世の終りの戦争は、世界中が巻き込まれる大戦争です。まだ、100年たっていませんが、第一次、第二次世界大戦がありました。SF漫画や映画では、第三次世界大戦をテーマにしたものが数え切れないほどあります。世界では8つの国が核を保有しているようですが、核弾頭の数は28,000発もあるそうです。5つの国の保有している核を単純計算すると、約2千億人の死者をもたらし、地球上の人類を35回以上殺せることになるということです。ちなみに、中国の核ミサイル30基が日本をターゲットとして配備されているようです。水素爆弾の場合は、広島や長崎の原爆よりも、数千倍もの威力があるんですから、4発くらい日本に落ちたら日本はなくなります。これはわたしの考えですが、おそらく核戦争にはならないと思います。なぜなら、イザヤ書や黙示録には1000年王国、つまり自然界の回復の預言があります。もし、世界規模の核戦争が起こると、放射能で地球全体が汚染され、1000年王国の見込みがなくなるからです。それよりもテロなどのように、小規模でゲリラ的なものが増えるのではないかと思います。今もイラクは、そのような状態です。

7節に「それらは必ず起こることです。しかし、終りが来たのではありません」と書いてあります。多くの人たちは「世界が平和でありますように」と願ってはいますが、有史以来、戦争はやんだことがありません。少し前、『戦場のアリア』という映画がありました。1914年、第一次大戦下。フランス北部の村で、フランス・スコットランド連合軍と、ドイツ軍が連日砲弾を鳴り響かせていました。クリスマスだけは家族のもとへ帰りたいと兵士の誰もが願っていましたが、戦況はますます熾烈さを極めていました。やがて訪れたクリスマスの夜、ドイツ軍には10万本のクリスマス・ツリーが届けられました。一方、スコットランド軍の塹壕からはバグパイプの音が聞こえてきます。そして、奇跡は起こりました。大戦下のクリスマス・イブ、互いに敵対する者たちが、クリスマス・キャロルの歌声をきっかけに、戦闘の最前線で歩み寄り、挨拶をし、フランスのシャンパンで乾杯したという信じられないことが起こりました。フランス軍、スコットランド軍、ドイツ軍の兵士による「クリスマス休戦」という一夜限りの友好行為でした。でも、悲しいことがその後、起こりました。ドイツ軍の指揮をしていた隊長とその部隊は、危ない前線へと送り込まれました。スコットランドのチャプレンは、「恥ずかしいことだ」と戒められ、彼は司祭をやめて前線を去りました。みんな、その代償が大きかったということです。個人個人は戦争をする気持ちはないのですが、国同士がそうさせるのです。戦争は悪魔のリバイバルです。黙示録には、マルマゲドンの大戦争が必ず起こると預言されています。でも、戦争でこの世は終わりません。イザヤ2:4に「主は国々の間をさばき、多くの国々の民に、判決を下す。彼らはその剣を鋤に、その槍をかまに打ち直し、国は国に向かって剣を上げず、二度と戦いのことは習わない」とあります。主イエス・キリストによって、地上に恒久的な平和がやって来るのです。

3.民族の対立や内乱

第二次世界大戦後、国々が独立し、安定したかに見えました。しかし、世の終りのしるしとして、たくさんの民族同士の対立や小競り合いが起こっています。近年にはバルカン半島、朝鮮半島の民族の対立がありました。少し前は、ビルマやカンボジア、北インド、ネパールで内乱がありました。また、チェチェンなど黒海のあたりも独立問題でロシアと小競り合いがありました。アフリカではルワンダ、ブルンジ、ソマリヤ、ナイジェリアの民族同士の対立があり、何百万もの人たちが殺され、数え切れないほどの難民が出ました。難民がいるところには、食糧難ばかりではなく、エイズやマラリヤが猛威を振るっています。アフガンやイラクの争いは現在も続いています。テレビやニュースでご存知のとおり、パキスタンやフィリピンの政治も安定していません。確かに、国家は存在しているのですが、その内部で争いが絶えないのです。そこには人種の問題、宗教の違い、利権の争いが複雑に絡み合っています。

この間、休憩のとき、郵便局のバイト仲間に「北朝鮮の独裁制を早く取り除かないと、国民が餓死してしまうよ」と言いました。しかし、その人は「いや、中国も韓国もそれはしたくない。なぜなら、それをしたら、数えきれないほどの難民が、国境を越えて、自分たちの国に押し寄せてくるからだ」と答えました。つまり、そのまま独裁制を続けさせることによって、自分たちの国を守るということです。そのため、生かさず、殺さずの状態を維持して行くということでしょうか?独裁や内乱に対して、「国連は何もできないのか」と言いたくなりますが、どの国もとばっちりを受けたくないのです。下手に喧嘩の仲裁に入ったために、こちらがやられるということがあります。それと同じ理屈かもしれません。残念ですが、クリスチャンになったら、民族同士の争いがなくなるかと言うとそうでもありません。彼らは霊的には確かに生まれ変わるかもしれませんが、マインドというか、長い間持ち続けてきた考えが変わるためには、もう1つの変革が必要です。エペソ2章にあるように、「敵意は十字架によって葬り去られた」ということを経験しなければなりません。皆さんの中に、敵意はないでしょうか?嫁としゅうとめ、夫と妻、親と子、経営者と従業員、金持ちと貧しい人、健常者と身体に障害を持つ人…すべての敵意は人間の罪です。キリストによって神との平和を受けた者は、こんどは、敵意を十字架に付け、敵意が十字架によって葬り去られる必要があります。キリストの十字架しか、民族の対立や内乱の解決はありません。

4.地震と飢饉

 まず、飢饉からでお話ししますが、国連食糧農業機関(FAO)の1999年の報告によりますと、開発途上国で約8億人が栄養不足と飢饉で苦しんでいるそうです。また、世界銀行の「世界開発報告2001」によりますと、貧困国の子供の半数は栄養失調であるということです。度重なる内乱や自然災害、旱魃が主な原因です。地球温暖化による砂漠化も非常に問題です。日本は大丈夫だと思っているかもしれませんが、日本の食料自給率は40%で、世界で最も低い国の1つです。オーストラリアが300、アメリカが120、イギリスが71、韓国が50です。日本はどの国よりも多く食物を輸入しています。果物や魚、肉類の半分近くを輸入に頼っています。先日、テレビでやっていました。コンビニ弁当のおかずのシャケはフィンランドから、鶏肉はブラジルから、インゲンはオマーンから、レタスはカルフォルニアから船や飛行機で運ばれてきます。CO2を撒き散らしながらです。しかし、その弁当はかなりの%で売れ残り、そのまま廃棄されるそうです。国際飢餓対策機構の神田先生は、東シナ海が封鎖されて、船が来なくなったら、日本は1ヶ月もたないと言われました。

その次に地震です。マグニチュード7以上の大地震はこれまで世界で100年間に10件あるかないかでした。ところが、20世紀には100件以上発生しました。大地震の発生数は終末になればなるほど、うなぎのぼりです。日本にもいつ大地震が起こるかわかりません。東海沖地震が最も危ないようです。駿河湾から御前崎沖かけては、1854年の安政東海地震(M8.4)発生以後、実に140年以上も大地震が発生していません。また、関東の場合は、関東大震災から85年たっています。首都直下型地震がお昼頃に起きた場合、帰宅困難者が1都3件で650万人になると言われています。葛飾区は液状化現象が最も起こりやすい地域の1つです。東京湾一体は埋立地ですが、ディズニーランドは大丈夫でしょうか?今から30数年くらい前、韓国の申賢均牧師が幻を見たそうです。ある日の早天祈祷会の後、体を伸ばしてウトウトしていました。すると、目の前に高層ビルが見えました。突然、ビルに亀裂が入り、「ガラガラ、ドスーン」とものすごい地響きで崩れました。申賢均先生は、ガバット跳ね起き「主よ。これは何ごとですか」とお聞きしました。すると、主が「これは日本の東京だ。日本が悔い改めなければこのようになる」とおっしゃったそうです。申先生はそれ以来、毎年4、5回、リバイバルの火を付けるため日本に来られました。申先生は天に召されるまで、30年近くも、日本に続けて来られ「日本が偶像崇拝と淫乱の罪を悔い改めなければあのようになる」とメッセージされました。8節に、「これらのことは、産みの苦しみの初めです」とあります。ということは、さらに悪いことが起こるということです。ヨハネの黙示録には、災害によって人類の3分の1が死ぬと書いてあります。神様は経済問題や地震で日本を揺り動かして、霊的な目覚めを与えようと願っているのかもしれません。

5.宗教的迫害、背教と躓き

 マタイ24:9-10「そのとき、人々は、あなたがたを苦しい目に会わせ、殺します。また、わたしの名のために、あなたがたはすべての国の人々に憎まれます。また、そのときは、人々が大ぜいつまずき、互いに裏切り、憎み合います」とあります。そして、マルコ13:9にはそういう迫害こそが、あかしのチャンスとなると書かれています。リバイバルの起こるところには、迫害がつきものです。中国やインドネシアにリバイバルが起こっていますが、同時に迫害もあります。サタンが妬んで、反キリストを用いて迫害を起します。日本には迫害もありませんが、リバイバルもありません。なぜなら、日本のクリスチャンはあんまり熱心じゃないからです。熱心になると、この世が反対します。でも、迫害を受けるくらい熱心にならないと、リバイバルも進まないのです。私たちはできる限り、人と争わないで福音を証ししようとします。外堀と内堀を埋めるのに時間がかかり、結局は何も伝えられなかったということがあります。私たちは初心に帰り、熱い心を取り戻して、多少スマートさに欠けても良いからキリストを証しすべきです。使徒たちは、「御名のためにはずかしめられるに値する者とされたことを喜んだ」(使徒5:41)とあります。「迫害を受けないうちは、まだ半人前のクリスチャン」とは言いませんが、迫害を受けたら「ああ、やっと私は一人前のクリスチャンになった」と思うべきです。どうぞ、迫害を恐れないで、証しし続けましょう。

6.世界宣教の拡大

 10節、「こうして、福音がまずあらゆる民族に宣べ伝えられなければなりません」。また、マタイ24:14「この御国の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、それから、終わりの日が来ます」と書いてあります。みことばには、「すべての人が信じたら、世の終りが来る」とは書かれていません。福音が全世界に宣べ伝えられたら世の終りが来るのです。福音はイスラエルから、ヨーロッパ、南北アメリカ、そして、アジア、アフリカに渡りました。今、イスラムの西アジアが少し残っています。国際聖書協会の発表によりますと、世界中の聖書協会が2001年11月から2002年12月の14ヶ月に配布・販売した聖書(全体、または一部)は5億7千800万部に及ぶそうです。この他にも、様々な団体が聖書を配布・販売しています。また、聖書の全体、または一部は、2002年の時点で2,303の言語に翻訳されています。福音は、電波や衛星放送でも、世界各国に伝えられています。かなり前のことですが、毛沢東の近衛兵が、遠く宇宙から飛んでくる電波に乗ってくる福音を聞きました。最初は「これは悪魔の放送だ、危ない」と思っていましたが、心の飢え渇きには勝てません。夜中、毛布を頭からかぶり、こっそり聞きました。美しい賛美歌と聖書のみことばで、その人はイエス様を信じたのです。

 世の終りのしるしをいくつか取り上げました。1.偽キリストや偽預言者の出現 2.戦争や戦争のうわさ 3.民族の対立や内乱 4.地震と飢饉 5.宗教的迫害、背教と躓き。私たちは「ああ、なんという時代に生かされているんだ。ああ、世の終りに生きる私は不幸だ。これからは、命がいくつあっても足りたもんじゃない。恐ろしいことだ!」と嘆くかもしれません。しかし、すべてのことは第六番目にかかっています。それは、宣教の拡大のためにあるのです。私たちも戦争や地震、迫害に巻き込まれるかもしれません。しかし、私たちにはすでに永遠の命と天の御国があります。神様はあえて、私たちと一緒にこの地を揺るがすのです。私たちだけはそれらの災難から助かりたいと思いますが、神様のみこころは他にあります。神様は偽キリスト、戦争、内乱、地震、飢饉、迫害をとおして、人々の心が砕かれて、福音を受け入れるようになることを望んでおられるのです。戦争や災害、飢饉、迫害は嫌なことです。でも、それらのマイナスを通して、人々の心がやわらかくなり、福音の種を受け入れやすくなるのです。私たちはチャンスを逃さないで、福音の種を蒔かなければなりません。終りの時代は、最も多くの人々が救われる時でもあります。つまり、世の終りの裁きと収穫は、ほぼ同時に起こるのです。世の終りにおいて人々は、滅びと救い、永遠の死と永遠の命、どちらかを選択しなければなりません。世の終りには、中道、真ん中などないのです。

日本人は中道、真ん中がとても大好きです。でも、日本も振るわれます。キリストを信じて救われるか、信じないで滅びに行くか。神を敵とするか、神と和合するかのどちらかです。神様は日本のクリスチャンに「熱いか冷たいかであってほしい。なまぬるいのは口から吐き出そう」と言われます。これまで平和な時代では、なまぬるくてもやって行けたかもしれません。「私は天国に行けたらそれで良い。死ぬまでは好きなことをさせていただきたい」。それも許されたかもしれません。しかし、世の終りには迫害が強くなり、キリストを取るかこの世を取るか2つに1つになります。ですから、世の終りは、真の信仰が輝く良い時でもあるのです。人々が経済的に振るわれ、地震で揺り動かされているとき、こちらは「ハレルヤ、主よ。感謝します」と賛美しています。すると、その人たちは「あなたは何がすばらしいものを持っているんですか?隠し金庫でもあるのですか?シェルターでも持っているのですか」と問うでしょう。そのとき、私たちはこのときとばかり証しするのです。「私には振るわれないものがあります。それはイエス・キリストによる救いと永遠の御国です。あなたも、ぜひ、キリストを信じて救われてください」と証しすることができるのです。