私たちは互いに影響しあって生きています。「自分は中立で誰からも影響を受けないぞ!」と思っていても、ある人のところに近づいたとたん、自分の悪いものが引き出されてしまうことはないでしょうか。急に自分が卑屈になったり、意地悪な思いが起こったり、敵対心が起こったりします。そのうち、「ああ、この人は私の苦手なタイプだなー」と遠ざかるようになります。しかし、これが夫婦の場合は、簡単には行きません。しょっちゅう顔を合わせていますので、関係が改善されない限りは、どんどん泥沼にはまっていきます。私たちは職場や教会でも、いろんな人と会います。「なぜ、この人は私の悪いところを引き出すんだろう」。「この人といると、なんでムカつくんだろう」。「この人といると、なんで心が落ち着かなくなるんだろう」。そういうことはないでしょうか。きょうは、「苦い根」と題して、内面の癒しと変革が与えられるように共に学びたいと思います。
1.苦い根と苦い根の期待
ヘブル12:15「そのためには、あなたがたはよく監督して、だれも神の恵みから落ちる者がないように、また、苦い根が芽を出して悩ましたり、これによって多くの人が汚されたりすることのないように」。「苦い根」は英語の聖書では、bitter、 bitternessとなっています。チョコレートでも、bitterとsweetの2種類があります。「ああー、sweetな人生を望んでいるのに、なんでbitterになってしまうんだろう!」と悩んではいないでしょうか。幼いときに、父や母に対して、さばいてしまったために、種がまかれます。地中深く潜っていましたが、だんだん成長し、根を張り、枝を張ります。いつしか、洗礼を受けて、クリスチャンになるときに一大変革が起こります。霊的に新しく生まれ変わり、心の問題もある程度、解決します。まるで野焼き状態になり、いばらや雑草も焼かれ、きれいさっぱりとなりました。しかし、どうでしょう。地中に埋まっている種や根っこはまだ生きています。しばらく立つと、いばらや雑草が生えてくるんです。クリスチャンになったとき、かなりのことが解決されます。「おめでとう!」と言いたいのですが、幼い時に蒔いた種が、ムクムクと大きくなります。この苦い根が芽を出すと、自分ばかりか、周囲の人を汚してしまうのです。周囲の人とは、夫、妻、子供、友人、同僚、そして教会の兄弟姉妹です。聖書は「苦い根が芽を出して悩ましたり、これによって多くの人が汚されたりすることのないように注意しましょう」と言っています。
私は数年前、エリヤハウスで、この学びを受けました。苦い根とは何でしょう。あなたが幼いときに、お父さんもしくはお母さんに対して、裁いたことです。例えば男性だったら、「お母さんはなんて口うるさいんだろう。ああ、私は口うるさい女は嫌いだ!」と裁くことがあります。それは、苦い根の種なんです。ガラテヤ6:7,8「人は種を蒔けば、その刈り取りもすることになります。自分の肉のために蒔く者は、肉から滅びを刈り取りる」と書いてあります。1粒の種が成長して1粒の種の実を結ぶでしょうか。そんなことはありません。自然の法則は、1粒の種から100倍、200倍の実を結ぶことになっています。ですから、幼子のときは小さな1粒でも、大人になったときは多大な実を刈り取ることになるのです。そして、その男性が一人の女性と結婚します。結婚前はもの静かで品の良さそうな女性でした。ところがどうでしょう。結婚してしばらくたつと、その妻は、本当に口うるさい女性になってしまいました。しかし、ここに不思議な現象があります。妻は口うるさくするつもりはないんです。でも、夫が自分に対して、口うるさくなるように仕向けているのです。別な表現で言いますと、夫は妻が口うるさくなることを期待しているのです。こんなことってあるでしょうか?あるんです。苦い根と苦い根の期待は、ペアーになっているんです。この男性が、幼いときに「女は口うるさいものだ」と母をさばいたために、口うるさい女性と結婚するようになったのです。彼は「ああ、やっぱり、女は口うるさいものだ」と納得します。
『内なる人の変革』という本に書いてありました。ある1組の夫婦が相談にやってきました。夫は「家内が太りすぎて我慢できない」と言いました。一方、妻は「彼がいつも批判することをやめてくれれば、もっと簡単にやせることができるのに」と言いました。よく聞いてみると、ご主人を育てた母親は、肥満していただけでなく、だらしない人でした。自分の容姿を手入れすることを怠り、家もいつも散らかり放題でした。トイレに行く時も戸を開けたままでした。彼は母親の外見と習慣に対して、裁く気持ちを抱きました。このとき苦い根の種をまいたのです。結婚した当時、奥さんはほっそりとした美しい女性でした。まもなく彼女はお腹が大きくなり、夫は彼女のことを「美しいよ」と言わなくなりました。出産後も元の体重に戻るまで、しばらく時間がかかりました。夫は以前にも増して苛立ち、批判的になりました。彼は「自分は母とそっくりな女と結婚してしまった」と確信するようになりました。妻は余計に苛立ち、落ち着きがなくなり、お腹が空いて食べるようになりました。さらに、自分自身や家をきちんとした状態で保つことができなくなりました。これは単なる心理的期待ではありません。ここには法則があります。夫が子供のときに自分の母親を裁きました。彼はさばきの種をまいたので、いつの日か刈り取りをすることになったのです。ちなみに、この女性の父親は気難しい人で、いくら努力しても、父に気に入ってもらうことはできませんでした。父親はいつも何かと批判の種を見つけました。つまり、夫は妻が太ることを期待し、妻は夫が批判することを期待していたのです。
エリヤハウスの創設者、ジョン・サンフォード師も、ご自分のことを証しています。ジョン・サンフォードは、仕事中毒であっただけでなく、いつも帰宅が遅れました。結婚して最初の数年間、ジョンはいつも教会員の家庭を訪問した後、夕食に遅れて帰宅しました。奥さんのポーラは、そのことでジョンを攻め、ジョンは「今度こそ時間に気をつけて、遅れないように帰宅するよ」と約束しました。しかし、彼女の叱責もジョンの決心も、何の役にも立ちませんでした。ジョンには時間を守ることを妨げる何かがあるようでした。実はこういうことがありました。ポーラの父親は巡回セールスマンだったため、一度に二週間も家を空けました。彼女は子供のとき、「パパはどうして、私が必要なときに、側にいてくれないのかしら?」と裁きました。彼女は「男はいつも私を置いていってしまうんだ」という苦い根の種を蒔いたのです。それが、結婚してから刈り取るようになりました。ジョンの方はどうだったでしょう。ジョンは非常に批判的な母親によって育てられました。彼は、そのことで、母をさばきました。「女は私に長時間働かせた上、そのことで私を慰めたり、感謝の意を表すことはないんだ」という、苦い根の種を蒔きました。ポーラの方は「男性はいつも私を置いてけぼりにする」と言う期待がありました。だから、ジョンは家に帰らないで仕事中毒になりました。一方、ジョンは「女性は、私がいくらやっても、感謝してくれたり、満足してくれないんだ」という期待がありました。そのため、ポーラは感謝するどころか、仕事中毒の主人を批判したのです。「まあ、なんとうまく」というか、破壊し合う夫婦になっているのでしょうか。お互いが持っている苦い根によって、お互いが汚されているというパターンがあります。お互いの欠けているところを補いあって、相乗効果を生み出すのが理想的な夫婦でしょう。ところが、残念なことに、お互いが悪い物を引き出し合っています。これが、苦い根と苦い根の期待であります。
この勉強をしているとき、「私にもあるなー」と思いました。私は8人兄弟の7番目で育ちました。一番上の姉と一番上の兄はとっても優秀で、下の兄弟は太刀打ちできませんでした。私などは、通知表に5が2つあったとしても、ちっともほめてもらえませんでした。すぐ上の兄は、頭はあまりよくありませんでしたが、運動神経が抜群でした。その点、私は徒競走でも2位か3位で、1位になったことがありません。頭の面でも運動でも、父や母からほめられたことがありません。私は「いくらがんばっても、どうせ評価されないんだ!」と思いました。そのとき、父や母を心の中で裁いたと思います。大人になって、それがどのように影響しているでしょうか。「私がいくらがんばっても、人から評価されることはないんだ。分かってくれるのは自分と神様だけだ」。クリスチャンになって、神様が評価してくれるということは慰められました。しかし、人間からはまったく期待していません。それが今も続いています。『内なる人の変革』で、ジョンは自分のことをこう言っていました。「私は自分が長時間働きながらも批判されるだけで、充分な愛情を受けることのない、殉教的な苦難のしもべになるという期待を持ちました。ポーラは結婚したときは愛情のかたまりでしたが、5年が過ぎる頃には、前ほど愛情深くなくなりました。」私はそれを読んで気づかされました。私は家内からもそうですが、教会員からも、ねぎらいや評価を受けることを期待していません。むしろ、「だれもわからなくて結構、どうせ人間の目はふし穴だから…」。ということは、私は家内や教会員をそのように汚しているということになります。わー、これは大問題です。今、3つか4つの例を具体的にあげました。みなさんの中に、苦い根と苦い根の期待というものはないでしょうか。「なぜ、あの人はあんな態度を取るんだろう!」「なぜ、あの人はあんな口の利き方しかできないんだろう!」「なぜ、あの人はぐずでのろまで、優柔不断なんだろう!」その前に、あなたが周りの人に、そうなるように仕向けているのかもしれません。相手に変われという前に、あなたの中の苦い根を処理すべきなのではないでしょうか!
2.癒しと変革
エリヤハウスでは、癒しと変革を得るための5段階というのがあります。それは、認識、悔い改め、赦し、十字架、新しい命です。この5つはどんな問題にも当てはめることができます。ですから、苦い根と苦い根の期待もこの5段階を当てはめてみたいと思います。
①認識
まず、自分が人に対してどういうオーラーを発しているかです。これは自分で分かるものもありますが、あなたの夫もしくは妻から聞くとよーく分かります。親しい兄弟姉妹も案外わかります。そのとき、ずばり言われたとしても、どうか怒らないでください。子供のとき、お父さんもしくはお母さんをきっとさばいたはずです。あなたが子供のときどんなことをさばいたでしょうか。第一のポイントで話したことは省略しますが、男性だったらどんなことがあるでしょうか。
●お母さんは、お父さんを尻に敷いていた。「無神経で、強い女性はきらいだ」。するとあなたは、無神経で冷淡な女性を身近に引き寄せます。あなたは恐妻家かもしれません。
●お母さんが「あそこが痛い、ここが痛い」とこぼして、父親になんでもさせていた。その人は、自分の奥さんが痛みに大げさなのを見て、腹が立ち、手を貸そうとしません。
●お母さんがいつもうわさ話をして、しゃべってばかりいた。「おしゃべりな女性は嫌いだ」。あなたが耳を傾けないので、奥さんは何でもヒステリックにあなたに話しかけませんか。
●お母さんはいつも買い物ばかりして、金使いが荒かった。「だから、女性には財布を預けてはいけない」。あなたは女性を信用していないかもしれません。
今度は女性の方です。
●お父さんは横暴でお母さんを苦しめていた。「横暴な男性は許せない」。そうすると、あなたは横暴な人と結婚して、そのことで怒りをためているかもしれません。
●お父さんは私を守ってくれなかった。「私を守ってくれる男性などいないんだ!」あなたは独立心が大せいかもしれませんが、あなたを守ってくれる男性がいなくなります。
●お父さんは私の話をちっともきいてくれなかった。「どうせ、男性に話をしても無駄なんだ」。あなたは、人とコミュニケーションするのが苦手かもしれません。
●お父さんはいつも母や私をダメ人間みたいに批判した。「男には決して、負けないぞ」。あなたは能力があるかもしれませんが、男性からの助けを寄せ付けません。
私は専門家でないので、明確でないかもしれません。でも、何か、自分の傾向性を発見したでしょうか?まず、認識することが大切です。
②悔い改め
悔い改めというのは、今の時点ではなく、あなたが幼いときのことです。確かに周りがよくわからなかったかもしれません。親の状況がどうであれ、幼いあなたがお父さんやお母さんに対して怒りを持ち裁いたことがあるはずです。仕事、病気、離婚、死去などの理由からあなたは置き去りにされたかもしれません。そのときお父さんもしくは、お母さんに「冷たい親だ」とか「一人ぼっちにしてひどい」とさばいたかもしれません。裁いたなら、たいていは配偶者を通して刈り取るでしょう。ですから、「一人にしたお父さんもしくは、お母さんに対して、さばきました。どうかお赦しください」と悔い改めるのです。また、お母さんに対して口うるさいと裁いたこと、あるいは、太ってだらしないと裁いたことを悔い改めます。「横暴だ、身勝手だ」と父をさばいたことをお赦しくださいと祈ります。え?なぜなの、「悪いのは親の方じゃないか!」と思うかもしれません。しかし、マタイ7:1-2に神の法則が記されています。「さばいてはいけません。さばかれないためです。あなたがたがさばくとおりに、あなたがたもさばかれ、あなたがたが量るとおりに、あなたがたも量られるからです」。あなたが裁いた分野だけ、あなたには神の恵みが届きません。あなたが裁いた分野だけ、あなたの伴侶もしくは他の人から裁かれることになるのです。これは一種の呪いです。しかし、苦い根を光の中に差し出すときに、あなたは解放されます。
③赦し
3番目は赦しです。「うちは共稼ぎだったから仕方がなかったんだ」とか、「病気だったから」と大人の立場で赦すのではありません。傷を受けた、小さな○○チャンが、お父さんもしくは母さんを赦すのです。ある場合は、お兄ちゃんやお姉ちゃんかもしれません。できるだけ具体的に言います。「私を一方的に批判した父を赦します。父の言葉でいっぱい汚されました。どうか私をきよめてください」。「横暴だった父を赦します」、「口うるさかった母を赦します」、「正統に評価してくれなかった父母を赦します」。「私を見下した、兄や姉を赦します」。たとえ、赦す感情が来なくても、赦しますと宣言することが大切です。赦すということは、恨みを手放すことです。赦さない限りは、この借りをだれかから埋め合わせしてもらわないと満足できません。あなたはそのために、妻や夫、あるいは周りの人たちに「借りを返せ!」と圧力をかけてきました。多くの病は赦さないことから発生します。赦しこそは一番の癒しです。
④構造を十字架につける
多くのものはあなたの性格の一部になっています。女性を軽蔑する傾向、男性に対抗心を持つこと、人を頼らないで自分だけでやること、人からの評価を受けないこと、批判的な性格、冷淡な心、仕事や趣味に逃避する癖、人の話を聞こうとしないこと、崇高な殉教者、自己憐憫…そのような性質を十字架につけます。十字架につけるということは、その性質を十字架につけて死なすということです。十字架は悪い性質を死なせ、呪いを打ち砕く力があります。今までは、これは私の性分だ、私のこだわりだ、私の性格だ…とごまかしてきたかもしれません。そうではなく、自分の手かせ足かせになっていたことを認め、1つ1つ十字架につけるのです。女性に耳を傾けない性質を十字架につけます!ねたみ心を十字架につけます!皮肉っぽい口を十字架につけます。諦めやすい、失望落胆の心を十字架につけます。ぜひやってみてください。
⑤新しい構造に置き換える
最後に、十字架で死なせた部分に、新しい命(構造)を神様からいただきます。古い性質と新しい性質を取り替えるわけです。冷淡な心に対して、同情心ある心です。批判する唇に対して、徳を建てることばです。女性は、男性を敬い信頼する心をいただきましょう。男性は、女性を敬い慈しむ心をいただきましょう。苦い根に対抗するものは御霊の実です。ガラテヤ5:22,23「御霊の実は、愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制です」。
家内はお父さんが出稼ぎでいませんでした。だから、男性に甘えるとか親しいコミュニケーションを持つということが苦手です。私は、母はいましたが、他の兄弟を愛し、私は「お前が一番親不孝者だ」と言われました。ですから、私は女性に対して甘えたくても、遠い存在みたいに思っていました。家内も私も実は、近くにいながら遠い存在だったのかもしれません。はじめは、自分の苦い根が蒔いた、呪いみたいに思うかもしれません。お互い、問題をある人どうしを引き寄せあったのかもしれません。でも、神様はそのことをも益に変えてくださいます。そうです。神様は、あなたがそれに気づいて、成長するように、あえて研ぎ合う存在を与えたのです。ハレルヤ!それを禍に変えるのも、福に変えるも、あなた次第です。きょうの結論は、わたしたちが持っている苦い根、あるいは苦い根の期待の多くは、父や母から来たものだということです。もし、現時点で、不自由を感じているならば、「ああー、あのことでさばいたからかなー」と探ってみてください。苦い根が芽を出していて、それを引っ張っていくと、地下茎のようにつながっています。もとをたどったら、親子関係から来ていたというものが多くあります。もう、それはあなたの性格になっていて、意思や努力ではどうしようもありません。解放されるためには5つのことが必要です。第一は認識、第二は悔い改め、第三は赦し、第四は十字架につけて死なす。第五はそこに新しい命をいただくということです。