前回は「感情をコントロールする」という題で学びました。今回は、その続きというよりも、さらに専門的なことをお分かちしたいと思います。なぜなら、私はCandece B.Pert博士の “Molecules of Emotion”(感情の分子)を約半年かけてやっと読み終えました。さらに、その続編も半分くらい読んだので、記憶が薄れる前に、まとめなければならないと思いました。
1.心身相関
前回のメッセージでも、心身相関ということをお話ししました。英語ではmindbodyですが、専門的にはサイコソーマティックと言います。サイコは心のことで、ソーマは肉体です。心身相関とは心と体は繋がっていて簡単には分離できないということです。ヘブル4:12「神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄を分けるまでに刺し貫き、心の思いやはかりごとを見分けることができます。」このみことばは、「たましいと霊はくっついていて、関節と骨髄を分かけることができないくらい、分けることができない」ということを教えています。それをメスよりも鋭い神のことばが、刺し貫いて、分けることができるということです。同じように、心と肉体もくっついていて、分けることができないということも考えられます。なぜなら、解剖学的には脳の中にマインドがあるからです。特に私たちの前頭葉で、考えたり、決断するのでまさしくマインドが組み込まれています。でも、数年前の私のように、慢性硬膜下出血により脳が圧迫されると、その能力がぐっと低下してしまいます。パソコンに例えると、脳はマインドというソフトの、ハードウェアーということになります。パソコンはCPU(中央処理装置)があり、演算処理能力が高いものは、頭の良い人にたとえられます。また、短期記憶はメモリーであり、長期記憶はハードディスクです。でも、画像処理に対しては、GPUというユニットが必要です。これは、芸術性と言えます。でも、いくら高性能のパソコンであっても、ソフトがなければ性能を発揮することができません。それは、私たちの魂(人格)であり霊であると思います。
でも、キリスト教会では霊を重要視し、その下に魂、さらにその下に肉体を持って来ます。肉体は魂と霊に隷属するようなイメージがあります。パウロは「肉体の鍛錬も少しは有益ですが、今のいのちと来たるべきいのちを約束する敬虔は、すべてに有益です」(Ⅰテモテ4:8)と言っています。言い換えると、ソーマである肉体よりも、霊と魂が重要であると言っています。また、パウロは「むしろ、私は自分のからだを打ちたたいて服従させます。ほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者にならないようにするためです」(Ⅰコリント9:27)と言っています。原文では「ソーマ肉体を奴隷のように従わせる」となっています。こうなるとますます、私たちは肉体を粗末に扱ってしまうのではないでしょうか?使徒パウロを批判するつもりは全くありませんが、かつての私がそうであったということです。私はとてもせっかちな性格で、さっさと物事をしなければ気がすみません。これは、アドレナリンが絶えず出ている状態で、そのため血圧が150前後でした。1990年くらいから30年間も、乾癬という皮膚が剥げ落ちる病気になりました。その原因は、ストレスであり、自己免疫が狂っているからでした。2019年の慢性硬膜下出血の手術以来、ご自愛という言葉の意味が分かりました。それまで「ご自愛ください」という言葉を聞くと、「甘ったれるな!」と反発心が湧きました。でも、肉体は大切な魂の入れ物なんだから、末永く大事に使わなければならないとようやく気付いた訳です。と言う訳で、キリスト教会は霊と魂だけではなく、この肉体の健康に関しても注意を払うべきであると思った次第です。そういう訳で、肉体とマインドの関係について研究してみました。
これまでは、デカルトやニュートンのように身体を機械として考える考え方が主流でした。近年、脳と肉体を結ぶ情報交換として発見されたものが2つありました。第一は迷走神経です。迷走神経は脳の後ろから、脊髄の両側にある神経細胞の束を通り、多くの器官に枝を張っています。目の瞳孔、唾液、心臓、肺の気管支、胃、腸、膀胱、性器、副腎など、多くの器官に枝を伸ばしています。第二は脳内のシナプスです。1960年代、シナプスにおける電気的な信号伝達が注目されました。脳のすべての機能は、最も複雑な精神活動や行動に至るまで、何十億ものニューロン間のシナプス結合によって決定されると考えられるようになりました。しかし、それらの2つは電線でつなげられている機械的なイメージがあります。身体は脳の命令で一方的に動いている存在なのでしょうか?20世紀後半、神経細胞間のシナプスを介さない、純粋に化学的なコミュニケーションに焦点を当てた、情報交換の新しい理論が登場したのです。それが、神経ペプチドとその受容体です。ホルモンと同じように、神経ペプチドが体内を循環して、それまで考えられなかったほど遠く離れたところにある特定の受容体を見つけ出します。新型コロナウイルスが蔓延していたとき、「細胞の受容体という鍵穴に、ウィルスが入り込んで感染する」というイラストを見たことがあるでしょうか?ウィルスやアヘンもペプチドと似たような出っ張りを持っていて、それが受容体に結びつくのです。今では、ペプチド、ホルモン、因子、タンパク質リガンドなどが、伝達物質と言われています。つまり、心と体のコミュニケーションに欠かせないと思われていたシナプス神経の接続に代わるものが数多く存在し、それらの接続を通じて何が伝達されているのかがわかってきたのです。
神経ペプチドは、背骨の両側にある神経節の列だけでなく、末端の臓器そのものにも存在しています。神経科学者たちによる、体のあらゆる部分の正確なつながりを追跡するという発見の時代が始まりました。 脳と体、体と脳のつながりの源である「核」と呼ばれる脳内の神経細胞体には、ペプチドを含む新たなグループがあり、現在も日々精査されています。神経ペプチドと合体する特定の受容体は、臓器だけではなく、皮膚の下のすべての細胞まで行き渡っています。それが一方通行ではなく、脳から体、体から脳へと情報を交換しているのです。思いや感情が、体全体にも影響を及ぼす、つまり、心と体は一体であることが分かってきたのです。
2.感情の分子
なぜ、「感情の分子」というのでしょう?キャンディース・パート博士は神経科学者であり、1972年にオピエート受容体を発見しました。オピエートというのは、アヘンという意味であり、脳内にbliss幸福感をもたらすペプチド受容体のことです。彼女は心と体を結びつける化学物質は何だろうかと研究し、それが神経ペプチドとその受容体であると定義しました。彼女の著書、『感情の分子」は、科学者や哲学者が何世紀にもわたって考えてきたこれらの疑問やその他の難問に、驚くべき決定的な答えを提示しています。これまで、感情が脳のどの部分にあるのか、神経学者たちによって研究されてきました。前頭葉の大脳皮質は知性や意思を司っていることが分かりました。では、感情はどこでしょう?感情は脳の内側の大脳辺縁系であり、そこにある扁桃体、海馬、視床下部であるということが分かりました。脳は神経ペプチドの宝庫であり、感情や気分が作り出されます。私たちが感情や気持ちとして経験することは、特定の神経回路を活性化するメカニズムでもあります。これは、脳と体全体で同時に行われ、その行動が必要とする生理学的な変化とともに、特定の行動を生み出します。長年にわたり、神経科学者たちは、脳が感情の中枢であると主張し、脳外科手術の際に大脳辺縁系の脳構造を刺激すると、初期の記憶の激しい感情表現が起こるという事実を指摘してきました。しかし、キャンディース・パートたちは、これらの感情の分子が大脳辺縁系だけでなく全身に存在し、内分泌系、消化器系、生殖器系など、文字通り生物のあらゆるシステムを含む総合的なコミュニケーションシステムを形成していることを発見しました。
キャンディース・パートは、1970年代後半から1980年代前半にかけてオピエート受容体のマッピングを行っていましたが、「感情の分子というものが存在する」という確信を持ちました。そして、ペプチド受容体が脳内だけではなく、脊椎や臓器、そして体の細胞に存在することが分かりました。彼女の本から少し引用します。「感情の生化学物質である神経ペプチドと受容体は、これまで述べてきたように、身体の主要なシステムをボディマインドと呼べる一つのユニットに結びつけるための情報を運ぶメッセンジャーです。もはや感情は、物理的な物質に比べて妥当性が低いと考えることはできず、情報を物理的な現実に変換するプロセスに関わる細胞の信号であり、文字通り心を物質に変えるものと考えなければなりません。感情は、身体とマインドの接点にあり、両者を行き来し、両者に影響を与えています。私は突然、大きな発見をした。『なぜかというと、それは両方だからだ。どちらか一方ではなく、両方であり、どちらでもないのです。どちらか一方ではなく、両方であり、どちらでもない、同時であり、二者択一なのだ』と、思わず口走ってしまった。感情はどのようにして身体を変化させ、病気を作り出したり、癒したり、健康を維持したり、損なったりするのか」という極めて現代的な問題を理解する鍵がここにあることに気付いたのです。」聖書にも、感情が身体に影響を与えると書かれています。箴言17:22 「喜んでいる心は健康を良くし、打ちひしがれた霊は骨を枯らす。」
実際、最近の研究では、記憶は脳だけではなく、体全体に蓄積されているという説が支持されています。コロンビア大学医学部の神経生物学者であるエリック・R・カンデル博士は、記憶が受容体レベルで存在することを示し、2000年にノーベル医学賞を受賞しました。全身の細胞結合の活性化が神経回路に影響を与え、記憶や思考に影響を与えます。受容体にペプチドなどのリガンドが注入されると、細胞膜が変化し、細胞膜を伝わってくる電気信号の確率に影響を与えます。覚えておいてほしいのは、受容体があるところにはどこでも、回路が変化するような振動電極やダイオードがあるということです。これがひいては、使用される神経回路の選択に影響を与え、脳の活動に影響を与えるのです。これらの発見は、記憶が脳だけでなく、心身のネットワークが生体のすべてのシステムに広がっている身体にどのように保存されているかを理解する上で重要です。主な記憶領域は、脊髄の近く、神経と神経節の間、内臓や皮膚の表面にまで分布している受容体です。つまり、あなたの記憶は、脊髄だけでなく、あなたのボディマインドの至る所にあるということです。ジグムント・フロイトが今生きていたら、彼の理論の分子的な裏付けとして喜んで指摘するでしょう。身体は無意識の心だからです。圧倒的な感情によって引き起こされた抑圧されたトラウマは、身体の一部に蓄積され、その後、その部分を感じたり、動かしたりする能力に影響を与えます。この新しい研究は、意識が無意識や身体にアクセスして修正するための経路がほぼ無限にあることを示唆しており、感情論者が考えてきた数々の現象を説明するものでもあります。私たちは毎晩、夢を見ますが、夢は無意識、つまり潜在意識内から生じてくると言われています。キャンディース・パートは、自分が見た夢の日誌を書くことが、心の癒しにつながると言っています。
もう1つ面白いことが書かれていました。私たちの前頭葉の大脳皮質は、将来の計画を立てたり、注意を向けることを選択したりする場所です。私たちは、この前頭葉で、知的理解と意思決定をしています。しかし、前頭葉に脳や体の他の部位よりも多くのオピエート受容体が存在することが発見されました。オピエートというのは、アヘンという意味であり、脳内にbliss幸福感をもたらすペプチド受容体のことです。私たちは一般に知性によって、意思決定をすると考えています。ろころが、そこの部分にオピエート受容体が存在するとどういうことになるでしょうか?何を選択するかという大切なとき、「そこに喜びがあるか、快楽が得られるか」で選択してしまうということです。そのため、テレビ・ショッピングでは最初は知性に訴え、最後は幸福感に訴えるのです。30分以内だと言われて注文し、品物が届いたあと後悔するのです。ギャンブルやアルコール、中毒性のものがやめられないのは、前頭葉の大脳皮質にオピエート受容体が存在しているからです。感情を馬鹿にしてはいけません。なぜなら、感情は動機付けを与えるからです。説教において、人に決断をさせるのは知性ではありません。知性はその人の理性の門をくぐるために必要ですが、感情はその人に決断を与えます。ヘブル12:2「この方は、ご自分の前に置かれた喜びのために、辱めをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されたのです。」
3.感情と健康
キャンディース・パートは本でこのように述べておられます。「感情の健康は身体の健康にとって重要なのでしょうか?もしそうなら、感情の健康とは何なのか? 身体と心のつながりを真剣に考えるならば、このような疑問を解決しなければなりません。感情は心と体を結びつけるものなので、すべての感情は健康であると思います。怒り、恐れ、悲しみなど、いわゆるネガティブな感情も、平和、勇気、喜びと同様に健全なものです。これらの感情を抑圧し、自由に流れないようにすることは、システムに不整合を生じさせ、全体として統一されたものではなく、相互に作用するようにします。このようにして生じたストレスは、細胞レベルの機能を維持するためのペプチドシグナルの滞りや不十分な流れという形で現れ、病気の原因となる弱体化した状態を作り出しています。素直な感情はすべてポジティブな感情です。健康とは、単に「幸せなこと」を考えればいいというものではありません。長い間抑圧されていた怒りを爆発させて免疫系を活性化させることが、治癒への最大の原動力になることもあります。怒りをどこでどのように表現するかはあなた次第です。一人で部屋にいるとき、グループセラピーではグループの力を借りて長い間埋もれていた感情を表現することができます。また、家族や友人と自然に交わることもできます。大切なのは、感情を表現した後、それを解放することです。そうすれば、感情が悪化したり、蓄積されたり、制御不能になってエスカレートすることはありません。」彼女は感情を抑圧することが体に良くないと言っているのです。私たちは他の人を傷つけないような仕方で、現わす必要があります。自分が思っていることと真逆な感情を現わすことは、システムに不整合を生じさせるからです。クリスチャンは怒ってはいけないと思っているかもしれません。しかし、パウロは「怒っても、罪を犯してはなりません」(エペソ4:26)と言っています。
キャンディース・パートは神経科学者でありましたが、薬学についても深く研究しました。エイズの治療薬として「ペプチドT」を作り出しましたが、客観的な証明が得られなくて頓挫しました。それでも、従来の精神治療薬に替わるものはないだろうかと生涯研究しました。彼女の本から再び引用いたします。「なぜなら、これらの薬を投与したときに脳や体の他の部分で起こっていることを測定していないからです。私たちが扱っているのは、非常に複雑な心身のネットワークであり、多くのシステムや器官で何兆もの共通の構成要素(ペプチドや受容体)を持っていることを忘れないでください。腸にはセロトニンの受容体がたくさんあります。例えば、プロザックを服用した結果、この受容体に過剰なセロトニンが流れ込むとどうなるでしょうか?抗うつ剤を服用している人には胃腸障害が多いことが知られています。また、同じ受容体を表面に持つ免疫系の細胞に何が起こっているか考えてみましょう。ナチュラルキラー細胞が、がん化しつつある突然変異した細胞を攻撃する能力に、誤って影響を与えている可能性があるのです。しかし、このような影響を調べる研究は誰も行っていません。患者を治すはずの治療が原因で、医師が引き起こす障害があります。
さらに、続けて引用いたします。「癒しにスピリチュアリティを取り戻そうという草の根運動が広がっています。このことは、代替療法を利用する人の数が非常に増えていることにも反映されています。代替療法の多くは、身体的、感情的な問題だけでなく、霊的な問題にも対応しています。人々は『もういい加減にしてくれ』と言っています。『身体は機械である』というアプローチには飽き飽きしており、本来の方程式に戻りたいと思っているのです。ある専門家が、『病気や疾患の80%はストレスが原因である。ストレスは霊的な孤立から生じる状態である』述べていました。現代のテクノロジーや物質主義によって、私たちは神や私たちの魂のようなものから切り離されているのでしょう。ライフスタイルや健康を語る上で、ストレス解消を抜きにしては語れません。私の経験では、ストレスを軽減する最も効果的な方法は瞑想です。なぜなら、意識しなくても、心と体の健全な生化学的流れを妨げるモードに陥った感情を解放できるからです。瞑想は多くの科学的研究によって、高血圧の低下、自己免疫疾患の回復、幅広いアンチエイジング効果などの身体的効果が強く証明されています。」彼女は東洋のヨガとか仏教的な瞑想も取り入れています。私はそれには反対です。私たちの瞑想は唯一まことの神、そしてイエス・キリストとの交わりです。まず、その日の聖書箇所を読みます。その後、みことばをかみしめつつ、自分の思いを打ち明け、神さまと交わるのです。10~20分間、声を出さないで、静かに思い巡らすのです。
東洋の「気功」は、西洋医学では、神経ペプチドとその受容体の流れのことであると理解しています。薬物の代替療法として、滞ったペプチドの流れを回復させるカイロプラスティック、頭蓋マッサージ、鍼、指圧の効力を認めています。彼女はクリスチャンなのですが、ヒンズー教やニューエイジとも交流がありますが、私は反対です。私たちの瞑想はヨガとか禅とは違います。彼らには人格を持った神は存在しません。私たちは私たちを造られた創造主なる神、キリストの神と交わるのです。神さまは私たちに霊、魂、肉体を与えられました。パウロは「あなたがたの霊、たましい、からだのすべてが、私たちの主イエス・キリストの来臨のときに、責められるところのないものとして保たれていますように」(Ⅰテサロニケ5:23)と祈っています。キリスト教会は、霊的なことを強調し、感情や肉体を軽んじるところがあります。キャンディース・パートは白砂糖、ジャンクフード、人工甘味料、加工食品、防腐剤は、神経ペプチドとその受容体の流れを狂わせると言っています。「カルキの入っていない水をたくさん飲み、一日、30分は歩きなさい、人が自分に犯した罪を赦しなさい」とまで言っています。日曜日の説教では霊的なことしか語りません。きょうは、感情がマインドとからだを結びつけている重要な働きをしていることが分かりました。感情は目に見えない漠然としたものではありません。私たちの体に流れている神経ペプチドとその受容体は、頭から体全体へ、体全体から脳へとコミュニケージョンを取っている「感情の分子」なのです。良い感情を持つことは健康につながります。ネヘミヤ8:10口語訳「この日はわれわれの主の聖なる日です。憂えてはならない。主を喜ぶことはあなたがたの力です」。