2022.6.19「リトリート 出エジプト2:10-15」

 リトリートは、軍隊用語で「退却」あるいは「後退」という意味です。英語でretreatと書きますので、「再び」と「扱う」という二つのことばからできているように思えます。教会では「修道院などにこもって祈祷・瞑想。研究・学習など宗教的修行に専念する」という意味で使われています。きょうは、聖書からリトリートを受けた三人の人物をあげて、私たちの人生においても同じようなことがあるということを申し上げたいと思います。

1.モーセ

 モーセはヘブル人でしたが、ファラオの娘によって育てられ、やがてエジプトの王子になりました。彼はエジプトの帝王学を学び、将来は有望されていたことでしょう。ある日、同胞の民がエジプト人から苦しめられているのを目撃しました。モーセはそのエジプト人を打ち殺し、砂の中に埋めました。次の日、外に出て見ると、今度は二人のヘブル人が争っていました。モーセは悪い方に、「どうして自分の仲間を打つのか」とたしなめました。するとその人は「だれがお前を、指導者やさばき人として私たちの上に任命したのか。お前は、あのエジプト人を殺したように、私も殺そうとするのか」と言いました。モーセがしたことが、ファラオのもとに届き、彼の命が狙われることになりました。モーセはファラオを恐れ、ミディアンの地に逃れました。彼はそこで40年間、イテロの羊を飼う者になりました。新約聖書のヘブル人への手紙は、信仰的な見方でモーセのことを弁護しています。ヘブル11:24,25,27「信仰によって、モーセは成人したときに、ファラオの娘の息子と呼ばれることを拒み、はかない罪の楽しみにふけるよりも、むしろ神の民とともに苦しむことを選び取りました。…信仰によって、彼は王の憤りを恐れることなくエジプトを立ち去りました。目に見えない方を見ているようにして、忍び通したのです。」ヘブルの記者は「モーセは逃げたのではなく、信仰によってエジプトを立ち去ったのだ」と解釈しています。「立ち去った」ということばは、ギリシャ語で「ある場所を離れ去る」という意味があります。まさしく、「退却」であり「後退」と言うことができます。

 しかし、主はエジプトで苦しんでいるイスラエルの子らを忘れませんでした。それで、モーセが80才になったとき、主の使いを通して語りかけました。出エジプト3:7,8「わたしは、エジプトにいるわたしの民の苦しみを確かに見、追い立てる者たちの前での彼らの叫びを聞いた。わたしは彼らの痛みを確かに知っている。わたしが下って来たのは、エジプトの手から彼らを救い出し、その地から、広く良い地、乳と蜜の流れる地に…彼らを導き上るためである」と言われました。モーセは第一線から離れて40年も経ちました。革命は若い人たちがやることです。しかし、彼は既に80才、引退をしても良い年です。しかし、荒野の40年はモーセを生まれながらの性質を砕き、神の人にするための準備期間だったのです。40歳のときは「この私の力でイスラエルを解き放つ」と考えていたことでしょう。しかし、80才になった今は「私はいったい何者なのでしょう」と言うくらいへりくだらされていたのです。でも、それは神さまにとって都合の良いことでした。なぜなら、自分の腕として自由に彼を用いることができるからです。モーセはさんざん言い訳をしましたが、権威のしるしである杖を取り、やっとのことで承諾しました。モーセとアロンが、エジプトのファラオのもとに行き、イスラエルの民の解放を求めました。ファラオはそれに応ぜず、たくさんの災いを受けても、拒み続けました。ところが10番目の災い、過ぎ越しの事件でとうとう降参しました。十戒の映画にもありますが、100万人以上の民がエジプトから逃れることができました。ところが、ファラオは心を翻し、戦車を整え、自ら軍勢を率いて追撃しました。イスラエルの民は目の前が海で前には進めません。後ろからはエジプトの軍隊が追って来ます。民たちはおじまどい、モーセに文句を言いました。主がモーセに「あなたは、あなたの杖を上げ、あなたの手を海の上に伸ばし、海を分けなさい。そうすれば、イスラエルの子らは海の真ん中の乾いた地面を行くことが出来る」と言われました。杖は、主の権威を象徴しています。モーセではなく、主ご自身が奇跡を行なわれました。イスラエルの民は乾いた海の底を渡ることができました。しかし、彼らを追って来たエジプトの馬と戦車と騎兵は、海の水に飲み込まれてしまいました。その後、不信仰のゆえにその世代の民たちは、カナンに入ることができませんでした。彼らは荒野をさまようことになりましたが、モーセが40年間、彼らを導いたのです。そして、次の世代が約束の地、カナンに入ることができました。残念ながらモーセは約束の地に入れず、代わりにヨシュアが導くことになりました。

モーセの人生を振り返りますと、40歳まではエジプトの王子として暮らしました。40歳から80歳まではミディアンの荒野で羊飼いをしました。モーセにとって、40歳から80歳までは退却、リトリートの時でした。その後、主から呼び出され、偉大なことを成し遂げることができました。100万人以上のイスラエルの民をエジプトから脱出させました。そして、シナイ山で十戒と律法をいただきました。その後、40年間、不信仰な民たちを荒野の中で導きました。モーセはかつて、荒野で羊飼いをしていた経験がありました。ですから40年間、何もない荒野を導くことができたのです。120歳のとき、ピスガの頂から、約束の地を見た後、死にました。40年に及ぶミディアンの荒野での退却、リトリートが、モーセを偉大な神の人にしたのではないかと思います。

 

2.エリヤ

エリヤと言えば、旧約聖書で最も力ある預言者の一人と言われています。なぜなら、天から火を降らせ、450人のバアルの預言者たちを切り殺したからです。でも、エリヤの生涯を聖書から見ると、彼は2度も退却、リトリートの経験をしていることがわかります。北イスラエルの王アハブ王は、バアルの神殿を建て、彼以前のだれよりも主の目に悪を行ないました。エリヤはアハブ王に「このまま悪事を続けていると、ここ数年の間、雨も露も降らないぞ」と警告しました。彼は命を狙われ、ケリテ川のほとりに身を隠しました。烏が、朝と夕、パンと肉をエリヤのもとに運んできました。エリヤは、あの我が儘な烏から養われたのです。やがて、川の水が涸れてしまいました。今度、主はエリヤに「シドンのツァレファテ住む一人のやもめのところへ行け」と言われました。そのやもめは、息子と最後の食事をとって死のうとしていました。ところが、エリヤは「そのパンを私に持って来い」と言うのです。やもめがそのとおりにすると、かめの粉は尽きず、その壺の油はなくなりませんでした。あれから3年余り過ぎました。いよいよ、エリヤはアハブ王の前にたち、バアルの預言者と闘うことになりました。カルメル山上に2つの祭壇を築かせました。1つはバアルのため、もう1つは主のためです。エリヤは「火をもって答える神が、まことの神である」と言いました。バアルの預言者たちが、声を張り上げ、最後は裸になって自分たちの体を傷つけても、火は下りませんでした。次はエリヤの番です。エリヤは「4つのかめに水を満たし、その水を全焼の生贄と薪と溝に注げ」と命じました。エリヤはあえて、燃えにくくしました。ところが、エリヤが声をあげると、主の火が降り、全焼の生贄と薪と石と土を焼き尽くしました。民はみな、これを見てひれ伏し、「主こそ神です。主こそ神です」と言いました。次に、450人ものバアルの預言者どもを捕えさせ、剣で切り殺しました。その後、エリヤが7回祈ると、大雨が降りました。3年半ぶりの雨です。これらの力は一体、どこから来たのでしょか?もちろん、主がなさったことですが、エリヤは3年間、退却、リトリートの経験をしていたことも忘れてはいけません。最も頼りにならない烏から養われ、最も弱いやもめから養われて、エリヤはすっかり砕かれ、主により頼む人になっていたのです。

でも、450人のバアルとの戦いと、7回、雨が降るように必死に祈ったので、エリヤはエネルギーを使い果たしてしまいました。アハブの妃、イゼベルが「明日までお前を殺してやるぞ」とエリヤを脅しました。天から火を降し、450人のバアルの預言者を切り殺したエリヤがたった一人の怒り狂った女性に恐れをなしたのです。エリヤは荒野に逃げてこう言いました。「主よ、もう十分です。私のいのちを取ってください」。エリヤは完全に燃え尽きていました。すると、御使いが現れ、エリヤにパンと水を与えました。エリヤは起きて食べ、飲んで、40日40夜歩いて、神の山ホレブに着きました。主は、大風や地震でもなく、火の中にもおられませんでした。かすかな細い声によってエリヤに語られたのです。これは、2回目のエリヤの退却、リトリートと言えるでしょう。牧師や伝道者もエリヤのように燃え尽きることがあります。海外に出かけている宣教師は、数年に1回は母国に帰って休暇を取ることが義務化されているようです。エリヤの燃え尽きが、だれにでも起こりうるからです。特に、熱心な奉仕者に多いのです。その後、主はエリヤに残りの仕事を与え、さらには後継者としてエリシャを立てるようにと命じました。エリヤは最も力ある預言者、超人的な人物であると思われています。しかし、聖書を読むと分かりますが、人を恐れたり、燃え尽きてしまい、一般の人と変わりありません。そのようなエリヤに火を降すような力を与えたのは3年に及ぶ退却、リトリートです。また、バアルの預言者との戦いと7回に渡る必死の祈りの後、燃え尽きたエリヤを回復させたのも、退却、リトリートです。私たちも退却させられるようなことがあるでしょう。しかし、それは次への活動のための備えになるのです。

3.パウロ

パウロがまだサウロの時です。サウロはイエスを信じている道の者たちを迫害することが主に仕えることであると信じていました。当時はまだ、クリスチャンではなく、「道の者」と呼ばれていました。彼は律法を厳格に守るパリサイ人のパリサイ人であり、ユダヤ教の異端を赦すことができませんでした。ところが、復活の主と出会い、それが主を迫害していることが分かったのです。彼は三日間盲目になりましたが、アナニヤから祈ってもらうと目が見えるようになりました。するとこんどは、道の者たちを擁護するメッセージをするようになりました。しかし、弟子たちの仲間に入ろうとしましたが、信じてもらえませんでした。これは自分たちを捕えるための罠ではないかと恐れていたからです。今度サウロはユダヤ人からいのちを狙われるようになってしまいました。裏切り者の烙印を押されてしまったのでしょう。それを知った、サウロの仲間は、カイサリヤ経由で、タルソに送り出しました。タルソはサウロの出身地でした。この後のことは、聖書に詳しく書かれていません。サウロがバルナバによって、アンティオキアに呼び出されるのが、それから11年後です。その間、サウロは何をしていたのでしょう?それがきょうのテーマである、退去であり、リトリートです。サウロは第一線を離れ、隠遁生活をしていました。そのまま、埋もれてしまっていたかもしれません。しかし、そのことがキリストの使徒として大きく用いられる原動力になったことは間違いありません。

空白の11年間、サウロが何をしていたのか探る手立てが聖書の中にあります。ガラテヤ書の中にあります。ガラテヤ書はサウロ、のちのパウロが最初に伝道した教会であり、最初に書いた手紙です。そこにパウロ自身がこのように述べています。ガラテヤ1:11-12「兄弟たち、私はあなたがたに明らかにしておきたいのです。私が宣べ伝えた福音は、人間によるものではありません。私はそれを人間から受けたのではなく、また教えられたのでもありません。ただイエス・キリストの啓示によって受けたのです。」パウロが宣べ伝えた福音は、イエス様の弟子たちからではなかったということです。ガラテヤ1:17-20「私より先に使徒となった人たちに会うためにエルサレムに上ることもせず、すぐにアラビアに出て行き、再びダマスコに戻りました。それから三年後に、私はケファを訪ねてエルサレムに上り、彼のもとに十五日間滞在しました。しかし、主の兄弟ヤコブは別として、ほかの使徒たちにはだれにも会いませんでした。神の御前で言いますが、私があなたがたに書いていることに偽りはありません。」簡単に言うと、その間、エルサレムに上ったことはあるが、主の兄弟ヤコブ以外には会っていないということです。パウロはガラテヤの人たちに、自分が宣べ伝えている福音はキリストから直接受けたものだと言いたいのです。もう一箇所、聖書を開きます。Ⅱコリント12章です。コリント教会はパウロの使徒性を認めようとしませんでした。それで、仕方なく自分が受けた啓示を第三者的に述べています。パウロは第三の天に引き上げられ、啓示を受けたと言っています。色んな説があると思いますが、私はパウロはこのとき、キリストの福音、キリストの奥義を直接、受けたのだと信じます。

パウロがアラビアとダマスコに11年間、隠遁生活をしていたということは事実です。これはパウロの退去、リトリートと言えます。でも、この間、第三の天に昇って、キリストから直接啓示を受けたことでしょう。また、パウロは旧約聖書の専門家でもあったので、そのことと、新しい契約がどのような関係があるのか、イエスがどうして主なのか、まとめる作業ができたのではないかと思います。パウロは13の手紙を書きましたが、キリストの弟子たちとは全く違う、観点からキリストのことを説明しています。福音書だけでは、キリストの神聖が良く分かりません。さらには、教会における神の計画も、パウロがはっきりさせたことです。教会がキリストのからだであり、宮であり、聖徒の集まりであるというのは、パウロが新しく述べたことです。つまり、パウロがいなければ、キリスト教における神学はなかったということです。パウロは11年後、バルナバに見出され、アンティオキア教会でデビューし、第一、第二、第三の伝道旅行、そしてローマへ伝道に行きました。すばらしい活躍でしたが、11年間の隠遁生活があったからではないかと思います。きょう私が言いたいのは、たとい活躍の場を離れることがあっても、それはリトリート、再び取扱いを受けるためにすばらしい期間であるということです。ジョエル・オスティーンのお父さん、ジョン・オスティーンはサウザン・バプテストの牧師でした。1000名収容できる新会堂ができる直前、辞職に追い込まれました。ジョエルの妹、リサが何かの理由で正常に生まれて来ませんでした。医者は「大脳の神経に異状があり、この子は歩けないだろう。一生、車いすの生活を送るかもしれない」と言いました。ちょうどその頃、ジョン・オスティーンは「聖書には癒しの記事があり、それは今日でも起こる」という信仰が与えられました。それで、礼拝メッセージにおいて、病の癒しや繁栄のメッセージを語るようになりました。それが伝統的な教団に合わないため、反対が起りました。何十年も親しく付き合っていた姉妹も、オスティーンの奥さんと口を利かなくなりました。とうとう、辞職に追い込まれました。ジョンは家畜の食糧を売っていた古い店舗を改装し、90名から開拓を始めました。不思議なことにリサは幼稚園に入る頃は他の子供と変わらないくらい良くなりました。ジョンは小さい教会でしたが、世界宣教の看板を掲げ、講壇にも万国旗を飾りました。それからテレビ放送を始め、やがて二、三千名の教会に成長しました。ジョンは一時、退却することを余技なくされましたが、その後、世界宣教を志す、すばらしい教会を形成することができたのです。その時、リサは教会の事務をお手伝いしました。息子のジョエルはテレビのカメラマンとして働き、ジョンの死後、後継者になりました。

最後に私の体験を加えて、結論へと勧めたいと思います。私は2019年の春、頭をぶつけて二回も入院しました。慢性硬膜下出血というのですが、溜まった血を抜けばすぐ退院できます。でも、二回目だったので、脳のへこみがなかなか元通りになりませんでした。前頭葉というところは、司令部みたいなものであり、ここにダメージが与えられると、日常生活にも支障をきたすようです。その年の12月頃から新型コロナが中国から渡ってきました。年が明けた2020年からはいよいよ広がり、緊急事態宣言が発令され、4月と5月は会堂での礼拝をやめました。代わりに動画を撮ってユーチュブで流すことになりました。5月に解除されましたが、第二波、第三波と続きました。年が明けた2021年もおさまらず、感染予防処置を取ながら礼拝を続けました。しかし、遠くから公共機関で来なければならない方や感染したら重症化する恐れのある方は来ることができませんでした。テレビでは毎日のように感染者数が発表され、旅行会社や飲食店が大打撃を受けました。リーモート・ワークが推奨され、多くの人たちが巣篭り状態ではなかったかと思います。私はこういう中でたくさんの本を読むことができました。日本では読む人がいないので、信仰書が新たに出版されなくなり、もっぱら復刻版でした。しかし、洋書だといくらでもアマゾンで購入できます。やさしいジョエル・オスティーンから始まり、難解な本もEx-wordの助けを借りながら読むことができました。読んだら忘れないうちにそこからメッセージを作りました。時間があったので、向こう二年分のメッセージができました(2021.3.29作成)。それでどうなったでしょう?失望落胆の沼から這い上がることができました。それまでは、弟子訓練もセルチャーチも「うまくいかなかったけれどー」と泣いていました。しかし、頭の手術と新型コロナウィルスのお蔭で退去、リトリートの時が与えられました。するとだんだん情熱が内側から湧いてきました。

私たちの人生においても順調な時だけではありません。エリヤのように燃え尽き、うつ病になる人もいるでしょう。モーセのように左遷を余儀なくされ、人々から忘れ去られるかもしれません。パウロのように活躍の場がなくて、何年間も下積状態を送るかもしれません。しかし、それでも、神さまの時間割の中にあることは事実です。神さまはちゃんとその時しか得られない、リトリート、取扱いを与えて下さいます。しばらく充電することによって、それまでよりも、もっとすばらしい働きが出来るのです。あるウェブでリトリートが勧められていました。「仕事や日常生活に追われている現代社会や都会の暮らしはストレスフルです。煩わしい人間関係や仕事のプレッシャー、分刻みのスケジュールなど、心も身体も脳もフル稼働で毎日を過ごしているとストレスや疲れがどんどん溜まってしまいます。そんな時に必要なのがリトリート。自宅や近所の公園などでのんびり過ごしても、いつもと同じ環境の中なので心の底からリラックスはできません。日常生活から切り離された場所に足を運び、自分を癒すためだけに過ごすのがポイントです。リトリートは「本来の自分に戻るための時間」ともいわれています。社会生活、日常生活で疲れ果ててしまった自分は仮の姿。溜め込んだストレスやダメージをリセットし、イキイキとした真の姿の自分にリフレッシュするというわけです。滞在先は、山や森、海に囲まれた場所や温泉地、宿坊などがおすすめ。自然豊かで静かな環境に身を置くことで、五感や感性も研ぎ澄まされます。リトリート後は、心身と脳の活力が回復するので、仕事も日常生活ももっとパワフルでポジティブに能力を発揮できることでしょう。仕事ができる人やプライベートが充実している人は、リトリート上手なのかも知れません(引用は以上)。」私たちは霊と魂と肉体からできています。モーセやエリヤのような霊的な回復のためのリトリートが必要です。また、休みをとって、心身をリトリートすることも重要です。人生、退去させられることもありますが、それも恵みなのです。