2020年8月から4か月間かけて、A.E.マクグラス著Science & Religion『科学と宗教』という本を原書で読みました。まもなく分かったのですが、東京基督大学の教授たちが日本語で訳しており大変助かりました。科学と宗教の相互関係には3つのモデルがあります。第一は対決モデルであり、互いに「それは間違っている」と争う立場です。第二は非対決モデルであり、キリスト教信仰を認めつつ、科学がそれを再解釈する立場です。第三は科学と宗教は異なったものであるという考えです。カール・バルトはそのように考えました。私は説教者であり、科学に対しては門外漢ですが、4人の著名な人物をあげながら、科学と宗教について共に考えたいと思います。
1.ガリレオ・ガリレイ
中世においては、「太陽や月や諸惑星が地球の周りを回っている」という信念がありました。この天動説(地球中心説)はわざわざ説明する必要もないものとして取り扱われていました。聖書はこの信念において解釈され、天動説の世界観を証言しています。現代においても「朝、7時33分に陽が上る」と言いますが、太陽が地球を回っているという信念を反映したものです。詩篇19篇4~6節「神は天に太陽のために幕屋を設けられた。花婿のように太陽は部屋から出て勇士のように走路を喜び走る。天の果てからそれは昇り天の果てまでそれは巡る。その熱から隠れ得るものは何もない。」「走路」と同じ意味の「黄道」は、地球から見て太陽が地球を中心に運行するように見える天球上の大円のことを言います。西洋占星術に「十二宮」がありますが、太陽の通り道にある星座のことです。正式には「黄道十二星座」と言いますが、メソポタミアが起源です。中世初期の時代に広く受け入れられていた天体モデルは、エジプトの天文学者プトレマイオスによって考え出されたものです。彼は「地球は天体の中心である。すべての天体は、地球の周りを一定の軌道で回っている」と主張しました。しかし、15世紀の終わりには、このモデルはとても複雑で厄介なものであったので、崩壊寸前となりました。16世紀に、太陽系の天動説は、地動説(太陽中心)が受け入れられたために採用されなくなりました。地動説は、太陽が中心に置かれ、地球を、その周りの回る諸惑星の1つとして見る見方です。これは今までの考え方とは明らかに違うものであり、後半の千年期に起った人間のものの見方において最も重要な変革の1つとして見られています。この転換は「コペルニクス革命」として一般に考えられています。この変革をもたした主要な人物は、コペルニクス、ブラーエ、ケプラーです。コペルニクスはポーランド人の学者で、諸惑星は太陽を中心にして、その周りを回っていると論じた人物です。三人目のケプラーは火星の運行を観察しながら、惑星の軌道が楕円であることを発見しました。
私たちが理科の勉強で、最も記憶に残っているのはガリレオのことではないかと思います。17世紀初頭イタリアで地動説に対する新たな論争が起こりました。この論争はついに、ガリレオ・ガリレイ(1564-1642)を窮地に追い込みました。教会権力者たちの側に明らかに誤りがあったとしても、とにかくローマ・カトリック教会が彼を非難する事態に至らしめました。ガリレオは、太陽を中心とするコペルニクス理論の弁護をいよいよ強めました。ガリレオに関する論争はしばしば科学対宗教と描かれますが、真の問題は聖書の正しい解釈に関係することでした。ガリレオの論敵たちは、いくつかの聖書箇所が彼の立場と矛盾すると論じました。例えば、彼らは、ヨシュア記10章12節では、太陽がヨシュアの命令でじっと静止していると主張しました。現代の私たちは知識があるので、地球の自転が止まったのだろうと考えます。しかし、彼らは「この箇所は地球の周りを回るのは太陽であるということを疑いもなく示していると取れる」と主張しました。しかし、ガリレオは「これはただ普通の言い方で語られたに過ぎない」と反論しました。ガリレオは1616年の裁判で有罪の判決を受け、二度と地動説を唱えないと誓約しました。それにもかかわらず、それを破って1630年、地動説の解説書『天文対話』を発刊しました。1633年、第二回目の宗教裁判でガリレオは有罪を告げられました。そして彼は、地球が動くという説を放棄する旨が書かれた異端誓絶文を読み上げました。その後につぶやいたとされる「それでも地球は動く」という言葉は有名ですが、彼の弟子らが後付けで加えたという説が有力です。
太陽系に関する地動説の採用は、疑いなく、神学者たちにいくつかの聖書解釈を再解釈させることになりました。キリスト教伝統における聖書解釈に3つのアプローチがあります。第一は字義的アプロチーで、その箇所を額面通り受け取るものです。例えば、創世記1章を、創造が1日24時間の6日で行われたと解釈するものです。第二は寓意的(比喩的)アプローチです。創世記1章を詩的ないし寓意的記述として捉え、歴史的事柄として取り扱うをことしないものです。第三は適応という考え方にもとづくアプローチです。簡単に言うと、当時の人々が理解できるような仕方で聖書が書かれたということです。ジョン・カルヴァンの貢献は「適応」という観点から聖書を解釈することによって、自然研究の発展に対する主要な障害を取り除いたことです。カルヴァンは「ちょうど母親が腰をかがめて子どもにも届くように、神は腰をかがめられて我々の次元にまで来て下さる。啓示は神のへりくだりのわざなのである」と言いました。
2.トマス・アクィナス
最もよく知られた神存在の哲学的証明は、中世に、アンセルムスとトマス・アクィナスによって発展させられました。簡単に言うと、「神がおられることがどうして分かるか」ということです。カンタベリーの大司教アンセルムス(1033-1109)は、神の存在を証明しようと試みました。1079年執筆した『プロスロギオン』で、「神は『それよりもなお大いなるものが考えられないもの』である」と定義しました。彼は「もし神が存在しないならば、神についての概念はあるといえ、神の実在は存在しないことになってしまう。しかし、神の実在は存在よりも大きい」と言ったのです。良く分かりません。アンセルムスは批判者に対して、詩篇14:1「愚か者は心の中で『神はいない』と言う」ことばを引用したそうです。しかし、アンセルムスは『プロスロギオン』で、神の存在を証明しようとしたのではありません。神さまがどういうお方か瞑想するために書いたのです。聖書を読むと分かりますが、聖書は「神がいるかどうか」説明したり、証明したりしていません。神ははじめからおられるという前提で書かれているからです。例えば、創世記の書き出しはどうなっているでしょう?創世記1:1「はじめに神が天と地を創造された」ということばからはじまります。子どもたちは「それでは、その神さまはだれが造ったの?」と質問するかもしれません。答えは、神はだれからも造られず、永遠のはじめからおられたということです。多くの人たちは、かつても私もそうでしたが、「神がいるなら見せてみろ」と言うかもしれません。しかし、「アメリカのバイデン大統領がいるなら、ここに連れて来い。会ったら信じる」と言うのと同じです。バイデン大統領が、果たして「私がバイデンです」と私のもとにやって来るでしょうか?時々、「私は神の存在は認めるけれど、神に従うつもりはない」という人がいます。ヤコブの手紙はそのような人たちにこう答えています。ヤコブ2:19「あなたは、神は唯一だと信じています。立派なことです。ですが、悪霊どもも信じて、身震いしています。」悪魔は神の存在を恐れつつ信じています。でも、悪魔は神さまに従う気持ちはさらさらありません。ですから、人々が神の存在を認めたとしても、その神さまに従うかどうかは別のことになっています。真実は、神の存在を認めたなら、信じて従うことが当然であるはずです。信仰はそうですが、この第二のポイントは私たちの理性で理解できるように、哲学的に証明するということです。
トマス・アクィナス(1225?~1274)は、中世を代表する最も著名で影響力のある神学者でした。私は彼がアリストテレスの哲学を基盤として神学を組み立てた人ので、あまり興味がありませんでした。「形而上metaphysical」という言葉は、今でも分かりません。でも、Science & Religion『科学と宗教』という本を読んで、「意外と良いことを言っているなー」と感動しました。ちょっと難しくなるかもしれませんが、その本から少し引用させて致します。アクィナスにとっての規範的な基本概念は、世界はその創造者としての神を映し出す鏡であるというものであった。この概念は、彼の神学的特徴として知られる「存在の類比」によって明らかになる。ちょうど画家が、描いた絵画それが自分の作品であることを示すためにサインをするように、神も被造物に神聖なる署名を刻印された。世界の秩序を指し示す種々のしるしのように、我々が世界において観るものは、創造主なる神の存在を基礎にしてこそ説明が可能である。神は、世界の第一原因であると同時に世界の設計者である。神は、世界を存在せしめたと同時に、世界に神の像と神の似姿を刻印された。…すごい。何も問題のないように思えます。被造物が創造者なる神を現わしているというのは、聖書の考えと一致します。詩篇19:1-3「天は神の栄光を語り告げ大空は御手のわざを告げ知らせる。昼は昼へ話を伝え夜は夜へ知識を示す。話しもせず語りもせずその声も聞こえない。」べートーベンの第九はそのことを賛美しています。どこの小節か分かりませんが、こう歌っています。「兄弟たちよ、星の輝く天幕の彼方に愛に満ちた父がいるに違いない。あなたたちはひざまづくのか、何百万の人々よ?おまえは、創造主を感じるか、世界よ?彼を星の輝く天幕の彼方に捜せ!星の彼方に彼はいるに違いない。」明らかにこれは、神の一般啓示の歌です。
それでは、被造物のどこに神の存在を見つけることができるでしょうか?アクィナスは、世界における秩序こそ神の存在とその智恵に関する最も説得力のある証拠であると主張します。この前提は「目的論的証明」と呼ばれる神の存在証明です。再び、『科学と宗教』から引用させていただきます。世界は、知的存在によって立案されたことを明白に物語る多くの痕跡を示している。自然界のプロセスや対象は、ある明確な目標をもって順応させられているように思われる。それらには、1つの目的があり、何者かによって立案されているように見える。しかし、事物はそれ自身で自らを立案することはできない。むしろ、他の事物か他者によって引き起こされ、立案されるのである。このような観察から、自然界に見られる秩序の根源は神にある。…もちろん、アクィナスの議論に反対する批判が起りました。600年後に起った進化論は生命自身の中に、進化する力があると考えますが、トマス・アクィナスは「自然界に見られる秩序の根源は神にある」と言いました。アーメンです。
3.アイザック・ニュートン
太陽系の太陽中心モデルが起ると、幾何学や力学の問題が明らかにされましたが、その解決は残されたままでした。ケプラーは、惑星の軌道の周囲の二乗が太陽からの平均距離の三乗に正比例するということを打ち出しました。「しかし、この法則の基礎は何であったのか。どのような重要な意義があったのか。地球や月や惑星の運動が1つの簡単な原則を基にして説明できるのか。」という未解決の問題がありました。アイザック・ニュートン(1642-1727)は、その天才的な頭脳を働かせて、1つの簡単な原則が「天体力学」の背後に横たわっているとしました。ニュートンが示した太陽系力学の勢いは、詩人アレクサンダー・ポープをして、ニュートンの碑文を次のように書かせました。「自然の自然法則は夜の闇に隠れていた。神は言われた。ニュートンよあれ。するとすべてが光であった。」ニュートンは質量と空間と時間という基本的な概念を用いました。それぞれの概念は測定され、数学的に取扱い可能なものでした。ニュートンが示した惑星運動の法則を理解するのに、「地上にりんごが落ちる」有名な話があります。少し、『科学と宗教』から引用します。りんごを地上に引き付けた同じ力は、ニュートンの考えによれば、太陽と惑星の間でも働いているものである。地球(地上)とりんごの間の万有引力は、太陽と惑星の間、あるいは、地球と月の間でも働く力と全く同じものなのである。…私は物理が不得意なので言っていることが分かりません。しかし、ニュートン以降、人々の世界観、そして宗教観が全く変わってしまったことは確かです。それが後の「理神論」と言われるものです。
ニュートンの地上と天体の力学の解明によって、宇宙が一定の法則によって動く偉大な機械であると考えられるようになりました。これはしばしば「機械的世界観」として言及され、そこでは自然の働きが一定の法則によって作動する機械であると説明されます。ニュートンの首尾よい機械的世界観は、大きな意味を持つ宗教的展開をもたらしました。自然の規則正しさへのニュートンの強調は「理神論」の登場を助長することになったのです。理神論deismは、「神」を意味するラテン語デウスに由来しています。理神論という用語は、しばしば一般に、神が創造主であることを支持しますが、その被造物への関わりやその特別な臨在ということを否定する神理解として用いられます。ニュートンから約150年後、イギリスのウィリアム・ペイリーが『自然神学〇〇』を著しました。ペイリーは、ニュートンが発見した自然の規則性に、深い感銘を受けました。全宇宙は、明らかに、規則的で説明可能な諸原理によって機能する複雑なメカニズムであると考えることができました。しかし、ある理神論者たちにとってそれは、神はもはや必要ではないことを意味しました。常に創造主なる神がいる必要がないほど、宇宙のメカニズムは完全に機能するからです。ペイリーにとって、ニュートンが示した世界はメカニズムであるというイメージは、懐中時計の比喩を即坐に指し示すものでした。ペイリーは、懐中時計、望遠鏡、紡織機、蒸気機関などの新しい機械類に対する関心がイングランドの有識階級の中で増大するなかで、それらを弁証的に有効利用したのです。確かに、「理神論」は産業革命を躍進させる神学になりました。神が世界を造られたことは認めるけれど、一定法則に委ね、神はこの世界の出来事に関知していないということです。そうなると、私たちの背後で働いておられる神の摂理を否定することになります。イエス様はヨハネ5章17節でこのようにおっしゃっています。「わたしの父は今に至るまで働いておられます。それでわたしも働いているのです。」さらに、ヘブル1:3「御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現れであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。」保つとは、宇宙全体を保持しているということです。理神論の影響は濃厚で、宗教と地上の出来事(教育、政治、科学、医療)と分けて考えることで現れています。人々は、「この世界は閉ざされた世界であり、神の介入は期待できない。奇跡が度々起こることはない」と考えています。ということは、人間の知恵と力に頼るしかないということです。
4.チャールズ・ダーウィン
18世紀のスウェーデン人自然主義者カール・フォン・リンネ(1707-1778)は「種の固定性」を論じました。言い換えれば、自然界で観察される現在の種の範囲は、そのものが過去にあったものであり、また、将来も残るものであるということです。これは伝統的で一般的な創世記の創造記事とよく適合しています。それぞれの種は神によって別々に独自に造られたと考えられ、定まった特質を付与されたものとみなしました。…私はカール・フォン・リンネの存在は知りませんでした。そこで、彼の伝記を読んでみたらすばらしい人物だと分かりました。リンネは牧師の息子で、大学で医学の勉強をしました。医者をしながら、彼は植物学者になり、『自然の体系』という本を何版も発行しました。彼はこう言っています。「自然の秩序は神の計画です。その計画がどのようなものであるかを理解しようと努めることが、人間の使命なのです」。リンネの100年後、チャールズ・ダーウィンが生まれました。
チャールズ・ダーウィン(1809-1882)は、「自然淘汰」の過程が自然の中で起ると論じました。『種の起源』の第一章には、動植物の新品種が商業的飼育者によって発育させられている様子が記されています。同じような過程が自然の中にも働いているように見てとれると彼は論じました。また、ダーウィンは『人間の由来』を発表し、前の作品とともに、すべての種は、人間を含めて、生物進化の長い、複雑な過程の結果であると論じています。伝統的なキリスト教の見方では、人間は他の自然から区別した存在、神の創造の傑作として造られ、「神のかたち」を付与されたものとして考えられてきました。しかし、ダーウィンの理論によれば、人間は長い期間を経て徐々に発生したとされ、起源と発展という観点から人間と動物には生物学上、何ら基本的な区別はないとしたのです。このことは、科学と宗教の「衝突」ないしは「戦争」を強める方向に行きました。19世紀の中庸、自由主義プロタンティズムがドイツで始まりました。それは、キリスト教信仰と神学を近代学問という観点から再構築しなければならないという認識の高まりから生まれたものでした。英国におけるチャールズ・ダーウィンの自然淘汰論が積極的に受容され、創造の七日説がますます主張しがたい状況になりました。さらには、伝統的な聖書の霊感を否定し、人々の生活や神話から進化論的にできあがってきたと考えるようになりました。自由主義は、進歩と繁栄という新しい段階へと上昇する人類のビジョンによって突き動かされていました。しかし、第一次世界大戦は、そのような楽観的なアプローチの信頼性を幻滅させるものとなりました。
カール・バルト(1886-1968)は神の「他者性」を強調して、自由主義の破滅的な人間中心的神学から逃れることができると信じました。この考え方は、バルトの『教会教義学』で組織的に解説され、20世紀の最も重要な神学的業績であると考えられました。バルトのような立場を新正統主義と言いますが、彼らの自然科学との関わり方はどのようなものでしょうか?『科学と宗教』よりそのまま引用致します。「バルトは科学は、世界を学ぶ人間の研究であり、神学は神の自己啓示に対する応答なのである。バルトにとって、自然科学は神を肯定するものでもなければ否定するものでもない。それらは異なった主題なのであり、研究のための異なった方法を用い、異なった用語で話すものである。」…簡単に言うと、科学と宗教は異なったものであり、自然科学はキリスト者と何の関係もないとしたのです。『科学と宗教』は、「進化論的有神論」(神が進化を与えた)まで語っていますが、時間がないので省略致します。この本に記載されている、このことばで終えたいと思います。「もし自然の世界が神と何ら関係がないとすれば、それを学ぶ動機を見出すことはできない。他方、もし自然の世界が神と何らかの関係があるとすれば、明らかにそれを学ぶ大変良い理由を見出すことができる。それは、自然の世界を創造された神のご性質を深く知ることになる。ユダヤ教あるいはキリスト教と関係する創造の教理は神と自然の秩序との関係を表わしているが、その仕方を探究することは大変興味深いことになるのである。…神を見ることはできないが、もし創造に神の性質が何がしか刻印されているとすれば、自然の秩序を学ぶことによって、神の性質と目的を十分に理解することができるのである。」