2022.4.24「真理が持つ特徴 Ⅱコリント13:8

この世では真理は1つだとよく言われます。しかし、そんなに単純ではありません。たとえば、新聞はどうでしょう?同じ出来事でも、それぞれの新聞によって見方や強調点が違います。なぜなら、記事を書いた人たちの見方や思想がそこに加わっているからです。キリストは真理であり、聖書も真理だと言われています。なのに、どうして数えきれない教団教派があるのでしょうか?同じキリストを信じ、同じ聖書を持っているのに、それぞれ神学的な立場が異なり、強調するところも異なります。きょうは聖書が私たちに主張している真理について共に考えたいと思います。

1.真理が持つ特徴

 まず、結論を申し上げます。聖書の真理は1つだけではありません。こんなことを言うと「そんな馬鹿な?」と疑われるかもしれません。教理的なことから言いますと、真理には一定の幅があるということです。私たち人間は部分的なことしか分かりません。差別するようで申し訳ありませんが、「群盲象を評す」という寓話があります。数人の盲人が象の一部だけを触って感想を語り合っています。ある人は柱のように太いと言うでしょう。ある人は、分厚い壁のようだ言うでしょう。ある人は、ひらひらしてうちわのようだと言うでしょう。ある人は木の枝のように長いと言うかもしれません。ある人はふさふさして箒のようだと言うでしょう。みんな正しいのですが、象の一部しか捉えていないということです。それと同じように、有限な被造物である人間が、「神さまはこういう存在である」とは言えないのです。ですから、同じキリストの神さまを信じているのに、同じ聖書を持っているのに、人や教団教派によって解釈が違ってくるのです。では、異端とは何でしょう?異端とは正統から外れていることであり、それでは救われないという偽りの信仰です。他に極端な信仰というのがあるかもしれません。彼らは救いからはもれていないかもしれません。でも、彼らの学説が偏り過ぎて、浮いてしまう場合があります。私も多少浮いた存在です。ようこそ亀有教会へ。でも、私はどんなことがあっても聖書に戻るようにしています。聖書から外れない限りは、いろんなアプローチの仕方があっても許されると思います。

では、真理とは何なのでしょうか?それは高速道路ではなく、一般道にたとえることができます。道路の中央は、車や人が通行します。そして道路の両脇に溝があります。道路に降った雨水が溝や側溝に流れ込むようになっているのです。これをキリスト教の真理にたとえるとどうなるでしょう?道路にある左右の溝は、異端もしくは極端な信仰ということになります。溝や側溝にはまると汚れたり、ある時は怪我をするでしょう。一方、真理というのは、道路の真ん中であり、ある程度の幅が許されるということです。信仰生活は、両脇の溝にはまらないように注意しながら、できるだけ真中を通ることが肝要です。子供の頃、私はよくドブ(せき)にはまりました。なぜかというと、村の道は両脇に草が生えていて路肩が見えません。ふざけて歩いて、気がついたら、落ちていたということがたまにありました。私たちの信仰生活においても、「この教えはすばらしい。新しい教えだ」と夢中になって、気が付いたらドブにはまることがあるのです。新進気鋭の牧師やメッセンジャー、人が集まっている大きな教会、奇蹟や癒しが起っている集会などは、気が付いたら、中央部の真理からはずれていたということがあるかもしれません。そういうときは、すぐ軌道修正して真中に戻れば良いのです。そういう意味でも信仰生活は、真理を求めながら歩く、ダイナミックなものです。聖書のみことばは変わりませんが、時代によって強調するところが変わったり、解釈の仕方が違ってくるからです。でも、そこから聖書全体を見回して、真理の御霊に導かれつつ、真中を歩むようにしたら良いのです。もう、これでメッセージが終わったような感じがしますが、この後は真理に関する両極なテーマをあげながら、真中の真理とはどのようなものなのか共に考えたいと思います。

 

2.哲学か神秘主義か

 聖書を哲学的に捉えるというのは古くからありました。キリスト教の真理をギリシャ的思考によって解釈するという長年にわたる過程がオリゲネスにおいて完結します。彼は膨大な著作を残しましたが、彼の死後300年たったAD.553年に異端の宣告を受けました。中世における最大の神学者はトマス・アクィナスです。しかし、彼の神学はアリストテレスの哲学を軸足としたものでした。彼が初心者のために著した『神学大全』というのがありますが、何が書いてあるのかさっぱりわかりません。17世紀には啓蒙主義が 興り、たくさんの哲学者が輩出されました。19世紀、その影響を受けた自由主義神学がキリスト教会を席巻しました。リッチェルやハルナックは聖書霊感説を完全に否定しました。「それは行き過ぎている」と「新正統主義」と言われる人たちが出てきました。カール・バルトは「聖書は人間の所産であるが、聖霊によって神のことばになる」と言いました。エミール・ブルンナーは「イエスとの危機的な出会いが重要なんだ」と実存主義神学を唱えました。保守的なキリスト教会は彼らを「リベラルで信仰がない」と批判しますが、救いの信仰はあります。彼らは誤りがあると思っている聖書をなんとか、理性的に納得できるように日夜研究しているのです。私はそういう研究に時間はかけません。「聖書は誤りなき神のことばである」からスタートしています。神学的であることは悪くはありません。しかし、神学は信仰をささえるものであり、神学で人が救われるわけではありません。私たちの知性や理性を総動員させても、神さまのことがわかるはずがありません。神学することは重要ですが、聖書には私たちの頭で理解できない奇跡や預言がたくさんあることを謙虚に受け止める必要があります。それらを神話だとか、作り話であると片付けてはいけません。

 哲学と対局にあたるものが、神秘主義です。初代教会の頃、「グノーシス主義」という神秘的な知識を求める集団がありました。彼らは神さまは信じていましたが、キリストが肉体を持っていたことを認めませんでした。ヨハネが第二の手紙で「あなたがたのところに来る人で、この教えを携えていない者は、家に受け入れてはいけません。あいさつのことばをかけてもいけません」と警告しています。あの愛の使徒ヨハネがこんなに厳しく言うのですからよっぽどのことです。ヨハネは「初めからあったもの、私たちが聞いたもの、自分の目で見たもの、じっと見つめ、自分の手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて」(Ⅰヨハネ1:1)と証言しています。近代では、シュライエルマッハーが神秘的な神学者として知られています。人々が哲学的な神学にのめりこんでいるとき、彼は「宗教とは感情であり、永遠なる神への依存である」と言いました。また、彼は人間の意識に対する内在的な神を強調しました。私たちも自分の中に神さまがおられると言います。そして、いろんな宗教的な体験をするでしょう。でも、それらは自然科学的に論理的に証明することは不可能です。でも、問題なのは神秘主義です。いつも超自然的な現象や体験を求めて生きているからです。

 私たちは聖書を学んで、神さまのことを知的に理解する必要があります。同時に、私たちの知性を越える神さまのみわざも体験することを期待します。私たちの回心や聖霊体験をどうしたら説明できるでしょう?神さまの語りかけや幻もたまにはあるでしょう。でも、しょっちゅう、そういうことがある訳ではありません。時々、「神さまがこう言われました」「こういう奇跡を体験しました」と言う人に会います。たまには良いと思いますが、しょっちゅうそういう言い方する人は偏っているとしか思えません。もちろん私たちは不思議な体験を信じます。パウロは第三の天に引き上げられた経験をしました。私たちは霊的には神さまの隣り住んでいますが、肉体はこの地上で暮らしています。神さまは目に見えるこの世界を作られ、そこに法則も与えられました。神さまは、まず、自然の法則に従って生きるように、願っておられると思います。いつも奇跡を願うのは問題であり、私たちの努力や行いも必要です。ただし、私たちの努力や行いで限界のときが、必ず訪れます。そういう時は、大胆に神さまに願う必要があります。時には理性と信仰が争うかもしれません。でも、神のみことば(レーマ)が与えられたなら、理性を取らずに、信仰を取る必要があります。そうすれば、超自然的なみわざが起るのです。ペテロは信仰によって水の上を歩きました。しかし、波を見たので、恐れて沈みました。彼は「人間が水の上を歩けるなんて不可能だ」と思ったのです。イエス様がペテロをつかんで、「信仰の薄い人だな。なぜ、疑うのか」(マタイ16:31)と言いました。私たちは理性を重んじますが、信仰はそれ以上のものです。

 

3.学問的か信仰的か

 本来、学問は信仰をささえるものであります。しかし、神学を学ぶと信仰が冷えてしまう傾向があります。私は日本基督教団の教職者試験を通るのに大変苦労をしました。なぜなら、私は福音派の教会で育ち、福音派の神学校に入ったからです。当亀有教会は以前は日本基督教団でした。教師転入試験があり、面接のときバルトを批判したら教師検定委員長からお叱りを受けました。その次に正教師試験があります。私は指定校を卒業していないCコースなので、全部受けなければなりません。本を20万円分くらい購入しましたが、読めば読むほど、信仰が冷めてきます。しかし、かたっぱしから忘れていきます。なぜなら、初めて見るような用語が多かったからです。受かる見込みがないので、東神大夜間コースに2年間通いました。銀座教文館の9階で毎週月曜日の夜開かれました。著名な東神大の教授たちが、教えに来られていました。佐藤敏夫先生が教義学を教えてくれましたが、先生の言われたことが忘れられません。先生のお母さんは山形のホーリネス教会の信徒です。学問的なことにのめりこんでいる息子に、「祈らなければだめだよ。神さまは学問ではわからない」みたいなことをおっしゃったそうです。つまり、宗教というのは、学問ではわからない世界なんだと自らお認めになっておられました。「偉い先生だなー」と感動し、先生の授業は集中して学びました。他には近藤勝彦先生や山口隆康先生のクラスも受けました。「頭の良い先生方なんだなー」と思いました。お蔭さまで、転入して3年後、正教師試験に合格しました。本に書いてあったことをはほとんど忘れましたが、リベラルの先生方にも信仰があるんだということは分かりました。私もそうですが、聖書を専門的に勉強することはとても楽しいです。日本には、伝道牧会は好きじゃないけど、神学は楽しい、いつまでもしていたいという牧師がたくさんおられるのではないかと思います。でも、神学を学んだら、信仰や霊性が増し加わるかというとそうでもないようです。

 アダムとエバが食べてはいけない木から取って食べたのは何でしょう?「善悪を知る知識の木の実」です。蛇に化身した悪魔は「それを食べるそのとき、目が開かれて、あなたがたが神のようになって善悪を知る者となることを、神は知っているのです」(創世記3:5)と言いました。アダムとエバがそれから取って食べると「ふたりの目は開かれ、自分たちが裸であることを知った」と書かれています。それまでは裸であっても全く平気だったのですが、知識の木から食べたら、目が開かれ、自分の弱さや恥が見えたということです。言い換えると、「もっと勉強しなければならない、もっと知らなければならない」という恐れがやってきたということです。私たちは学校で勉強します。勉強自体は良いことです。でも、「勉強しないと偉くなれない。勉強しないとたいした仕事に就けない」みたいに親や先生から言われたのではないでしょうか?東大のクイズ王の番組がありますが、よくあんなことを覚えていられるものだなーと関心します。全く、歯がたたないのでがっかりしまし。それよりも、ネプリーグのような「おばかさんタレント」が出るクイズ番組が楽しいです。でも、「人間は知識の木から食べたんだなー」と気づくときがあたまにあります。座間キリスト教会にいたとき、夜の集会があり、スタッフが交代で説教して、集会後に反省会があり、けちょんけちょんに言われたりします。その当時、私はいろんな注解書や偉い先生方の本を読んで、説教を作りました。参考書をいっぱい並べて、それらから良いと思われるものを集める作業です。しかし、勉強すればするほど、「私はよく分かっていない。不十分だなー」という恐れが湧いてきました。数年間、頭がいたくなるような説教準備をしていました。しかし、あるとき、それらを全部捨てて、聖書を読んでから、まず神さまに聞くようにしました。そのように、瞑想をすると神さまからメッセージが送られてきて、恐れも消え去りました。

 パウロがこのように言っています。Ⅰコリント8:1-3「私たちはみな知識を持っている」ということは分かっています。しかし、知識は人を高ぶらせ、愛は人を育てます。自分は何かを知っていると思う人がいたら、その人は、知るべきほどのことをまだ知らないのです。しかし、だれかが神を愛するなら、その人は神に知られています。」このみことばを言い換えるなら、知識を持つということは学問的になることです。また、神を愛するなら、その人は神から知られているというのは信仰的になるということです。アダムとエバが堕落する前は、自分たちが全部知らなくても、神さまから知られているということが喜びがあったのではないでしょうか?しかし、知識の木から食べたら、恐れが入り、もっと勉強し知識を増しくわえなければならないと思ったことでしょう。それは、神さまから離れた人類が共通して持っている課題です。「知識は人を高ぶらせる」と言われていますが、一方にはまだ不十分であるという恐れがあります。他方には「私はあなたよりも知っている」という優越感もあるということです。この人はジェットコースターのような生活をしてしまうでしょう?なぜなら、上には上がいるからです。東大生でも劣等感があると聞いています。

 イエス様は人々に知的な教えを与えましたが、弟子たちには体験的に学びを与えられました。彼らと一緒に生活して、教えた後、実践させました。すると、頭では分かっていたつもりなのに、そうではなかったということが分かりました。信仰も同じで神さまを知的に知るだけではなく、体験を通して知る必要もあるのです。ギリシャ語のギノスコーウは知的に知るということですが、体験的に知るという意味もあります。本来、学問と信仰は対立するものではありません。問題は、学問一辺倒になることです。では、信仰一辺倒ではダメなのでしょうか?しかし、信仰は何も知らないでとにかく信じるという盲信ではありません。イエス様は幼子のように信頼する信仰の尊さを教えました。しかし、息子や娘が大きくなり、交わりを通して、イエス様の心を知ることを願っています。イエス様は「わたしはもう、あなたがたをしもべとは呼びません。しもべなら主人が何をするのか知らないからです。わたしはあなたがたを友と呼びました。父から聞いたことをすべて、あなたがたには知らせたからです(ヨハネ15:15)」とおっしゃいました。頭が学問的であるなら、心は信仰的と言えるでしょう。私たちは両方のバランスが必要なのです。

 

4.自由主義か根本主義か

 自由主義神学というのは、聖書の霊感を否定するグループであると前のポイントでお話ししました。同時に、その人たちが行っている教会は、社会的な活動をもっぱら行い、福音を語らない傾向があります。語らない訳ではありませんが、「他にも救いがある」と他宗教との会話を持っています。自由主義は英語でliberalismと言います。それと対局にあるのが、根本主義です。英語ではfandamentalismと言いますが、「宗教などの原理主義」とも訳されます。私は根本主義ではありませんが、はたから見られたら、根本主義にかなり近い存在かもしれません。では、自由主義の教会というのはどのようなものなのでしょうか?自由主義の教会はこの世との関係を大事にします。そして、この世の文化を取り入れ、この世に仕えて行くという社会的な奉仕が多いと思います。明治以降、日本にキリスト教が入って来ましたが、自由主義的な考えを持つ教会が多かったと思います。彼らは各地にキリスト教の学校や病院を建てました。賀川豊彦師は貧民街にもくりこんで伝道しました。彼の友愛会は労働者団体を作りました。婦人矯風会は禁酒と売春防止に力を尽くしました。当時のキリスト者たちの働きによって女権拡張、婦人参政権がもたらされたのは事実です。矢嶋楫子氏のことがウェブに書いてありました。彼女は熊本県出身であり、酒乱の夫、封建的で男尊女卑の婚家で、心身衰弱で半分目が見えなくなるほどまで我慢しましたが、結婚10年で離婚、周囲の非難を背に1872年(明治5年)に上京しました。1879年に受洗しキリスト教徒となりました。1890年には女子学院の初代院長に就任しました。1893年に全国組織となった日本キリスト教婦人矯風会会頭として廃娼運動に奔走、女性キリスト者禁酒同盟世界大会や国際軍縮会議にも参加。生涯をキリスト教精神に基づいた女子教育・婦人運動に尽くしました。

 私は救われた頃、きよめ派の教団に属していましたので、社会活動にはほとんど従事していませんでした。一人でも多くの魂を救いに導くため、もっぱら宣教活動をしていました。なぜなら、この世はいつか終わるので、それよりも来るべき世に備える必要があると思ったからです。根本主義の教会は、この世のことや文化的なことは全く興味がありません。給与を得るために会社に行き、それを献金として捧げます。できるだけ、世の人達とは関わらず、教会の奉仕に携わります。ヤコブ4:4「世を愛することは神に敵対することだと分からないのですか。世の友となりたいと思う者はだれでも、自分を神の敵としているのです。」Ⅰヨハネ2:17「世と、世の欲は過ぎ去ります。しかし、神のみこころを行う者は永遠に生き続けます。」確かにそのようなみことばはあります。でも、イエス様は「あなたがたは地の塩であり、世の光である」とも言われました。つまり、この世に遣わされて、腐敗をとどめ、真理の光を灯す使命があるということです。私たちはお金を得るためだけに職場に行っているのではありません。遣われたそれぞれの場所で、神さまの知恵と創造力を持って仕えることにより、御国をもたらす使命があります。教会は御国の大使館であり、私たち一人一人はキリストの和解をもたらす大使です。極端な根本主義は中世の修道院に似ています。この世との交わりを断ち、山にこもって聖い生活を送る人たちです。イエス様は「御国が来るように祈れ」とおっしゃいました。同時に、私たち教会が御国をこの地にもたらすために働く必要があるということです。教会は神の門であり、福音による救いばかりか、神の権威と豊さが、行き来するところであります。真理は聖書に書かれた文字からだけではなく、生けることばであるイエス・キリストから学ぶ必要があります。イエス様は今も聖霊によって「真理と何か?どの道を歩めばよいのか」語っておられます。真理は信条や信仰告白という固定したものでは決してありません。聖書のみことばを読み、真理の御霊によって教えていただく必要があります。私たちは時代や文化の影響を受けていますが、それらを解決し超越する、知恵と真理を神さまは与えて下さいます。