詩篇139篇は、神さまの全知と偏在を語っている有名な箇所です。しかし、神学的にそれを説明しているのではなく、自分自身との関係で語っています。著者がダビデだと言われていますが、ダビデは全知なる神さまから造られたので、神さまはすべてをご存じであることを知っていました。そして、神さまはどこにでもおられるので、神さまから逃げることはできない、と言うことも知っていました。でも、それが脅威になるのではなく、ダビデにとって大いなるなぐさめになっていました。きょうは自分のことを、自分の外から見るという、「メタ認識」について学びたいと思います。
1.メタ認知とは
メタ認知ということばは、はじめてお聞きになられるのではないかと思います。私自身もそうなので偉そうなことは言えません。ただ、「認知行動療法」ということについては、知っていました。これは心理療法の1つで、自分とカウンセラーが共同で、問題を探り、解決を見出していくという手法です。昔のカウンセリングは、クライアントが一方的に話し、向こうはただ聞いているという非支持的なものでした。「話しているうちに本人が解決を見出すだろう」という前提でした。しかし、これだとものすごく時間がかかり、問題だけがクローズアップされ、暗中模索になる恐れがあります。一方、認知行動療法の場合は、カウンセラーが「その時、何を感じましたか」「その時、何を考えたでしょう?」「それからどう行動しましたか?」と設問を与えてくれるので、「ああ、そうだった」と自分のことに気付くことができます。もちろん、「こうしろ、ああしろ」ということは言いませんが、共同で、「こう考えたらいいんだ」とわかります。つまり、私たちの考え方、認知がゆがんでいるので、ゆがんだ感情や、ゆがんだ行動が出てくるのだという前提になっています。私たちは人から言われなくても、結構ゆがんだ目で、物事を捉えているのではないでしょうか?自分の考えや感情に固執して、自分自身から解放されないで生きています。もちろんあなた自身の人生なのですから、人から何か言われる筋合いはありません。問題は、「そのことによって窮屈な生活をしているのではないでしょうか?これからも、みんな人のせいにして、愚痴をこぼす人生で良いですか?」と言われたらどうでしょう。そういう意味でも、このように聖書からメッセージを聞いて、神さまの視点から自分のことを見つめる機会が与えられているこは感謝なことです。ローマ12:2「この世と調子を合わせてはいけません。むしろ、心を新たにすることで、自分を変えていただきなさい。そうすれば、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に喜ばれ、完全であるのかを見分けるようになります。」この聖句に、「心を新たにすることで、自分を変えていただきなさい」とあります。心というのは、マインドであり、考え、思考と置き換えることもできます。マインドを新しくすれば、自分も変わるということです。
前置きが長くなりましたが、「メタ認知」ということが何かを知り、これを自分自身でやってみると、カウンセラーのところに行く必要がないということです。大体、日本人はカウンセラーのところに行く習慣がありません。うつ的になると、心療内科に行って、お薬を調合してもらうだけです。最初に行ったときは、少し話しを聞いてくれるかもしれませんが、次からは調合を変えるだけです。問題の確信に至るのは、時間がかかって面倒なので、お薬でおしましいというのが医療の現実です。そういった対症療法ではなく、あなたの心、マインドを変える必要があります。その点、「メタ認知」は、自分で自分のことを直していけるという画期的な手法です。でも、メタ認知とは何なのでしょうか?英語でMetacognitionと言います。Cognitionは、認識とか認知という意味です。Metaはもともとはギリシャ語であり「…の後、…を越えた、…を変える」という意味です。この3つを合わせると、メタ認知とは「自分が認知していることを、高い次元から客観視して変えていく」ということです。その結果、感情的になっている自分から解放され、冷静な判断ができるようになるのです。最近、キャロライン・リーフの本を何度も引用していますが、「メタ認知」の手法を取り入れた、「脳のデトックスプラン」というのがあります。デトックスといういのは解毒という意味であり、最近では、岩盤浴でデトックスをするというのが流行っています。これは体から毒素を取るということですが、脳にもあてはまるということです。脳内を変えることはできませんが、考えを変える、つまり「メタ認知」を用いると、脳の毒素が取り去られ、健康になるということです。でも、「脳の健康?」なんて考えたことがあるでしょうか?こういう私は66歳まで全く考えたことがありませんでした。2019年に硬膜下出血のため2回手術を受けました。そのこともあって、脳を研究することになり、キャロライン・リーフ師の本を三冊も訳してしまいました。ご迷惑かもしれませんが、その研究の成果が何回かのメッセージに反映されているわけです。何度も言いますが、この「メタ認識」の手法はカウンセラーのところに行かなくても、自分でできます。自分を外側から見る、しかも、私たちは神さまの視点からも見ることができる特権が与えられています。実は、改めて学ばなくても、クリスチャンであるなら少なからずやってきているのです。ただ、それが単発的であるということです。もっと体系的で、継続していくなら、脳内に凝り固まっていた毒的な考えと感情が取り除かれるということです。
2.脳を切り替える5つのステップ
この際ですから、「メタ認識」の手法をご説明したいと思います。キャロライン・リーフ師は「あなたの脳を切り替える5段階の学習プロセス」と名付けています。最初は慣れないので時間がかかりますが、全部やっても10分くらいで可能になってきます。これを21日間やると、あるテーマにおいて脳がデトックスされるということです。なぜ、21日間なのか分かりません。しゃべっている私がこのメッセージを作る時、実行していたかというとそうではありません。断続的にというか、思い出したときに行う程度でした。しかし、後から振り返ると、ものすごく効果があったので、どうして継続してやらなかったのか反省しました。キャロライン・リーフ師の本、三冊訳しましたので、元を取るために、私も実行しています。
第一は収集です
今、自分の中にある考えや感情を集めるということです。私たちは身体の五感からいろんな情報を得て、それを頭の中に入れています。私たちは生活していて、いろんな人に会います。テレビやスマホ、インターネットも見ます。また、仕事とか家事、何かのことで「うまくいっているとか、うまくいっていない」と思います。さらには、過去のいやな出来事を思い出し、それが今でも影響を与えているかもしれません。「収取」における質問がいくつかあります。この質問通りやると短時間でできます。
質問1「この瞬間、あなたの意識にどんな考えが浮かんできますか?焦点を合わせて、その数を確認します。」そうすると、頭の中にあるもやもやしたものが、「これと、あれとそれ」と、はっきり分かってきます。この時、脳の中で何が起こっているのでしょう?大脳基底核という脳の深いところに隠れている感情や思いの塊が、意識に現れてきます。言い換えると、無意識のメタ認知レベルから、意識的なメタ認知レベルに移動するということです。
質問2「現在、あなたの意識の中を動いている考えの態度を判断できますか?それらが生み出している感情に焦点を合わせ、説明してください。あなたの心はどう感じていますか?あなたの体はどう感じますか?」たとえば、「恐れがある」「無力感がある」「できれば、避けたいという思いがある」などです。この瞬間、自分でも「正直、そうなのか?」と驚きます。なぜなら、これまでそういうものを押し殺してきたからです。
質問3「この瞬間のあなたの意識の思考は、あなたに平安や心配を感じさせますか?あなたの体の感じ方に注意してください。あなたは肩を緊張させていますか?」「いやー平安じゃない。むしろ、いろんな問題がうずまいて、混乱している」と思うかもしれません。
質問4「現時点であなたの心に群がっているもものの犠牲者または勝利者のように感じますか?」ここで驚くのは、「ああ、私は犠牲者だったんだ」と気づく時です。「私は人を恐れていた」「私は恥をかくことを恐れていた」「私は失望落胆の虜だった」と愕然することがあります。でも、重要なのは「人や環境を変えることはできないが、変えられるのは自分の考え」です。良い選択をするのに役立つのは、記憶の図書館「扁桃体」と新たな記憶形成を司る「海馬」です。あなたの心に流れる思考や感情を受け入れたいでしょうか?拒否したいでしょうか?
第二は集中的な内省です
内省というのは、黙想であり、自分の内側を深く見つめるという意味です。しかし、このとき第一の「収集」で意識に上って来た、特定なものに焦点を合わせなければなりません。集中するとき、脳の中で何が起こっているかというと、枝がほぐされている状態です。へばりついている毒的な考えもしくは感情は何なのか、特定する必要があります。詩篇139:23,24「神よ私を探り私の心を知ってください。私を調べ私の思い煩いを知ってください。私のうちに傷のついた道があるかないかを見て私をとこしえの道に導いてください。」ダビデは、自分の内臓を作り、母の胎で組み立ててくださった、神さまに願っています。日本語の聖書は、「心と思い煩い」になっていますが、英語の聖書はheartとthoughtなっていますので、感情と考えと解釈することができます。英語の書訳聖書は、「もしそこに、邪悪、あるいは傷ついた道があるかどうか調べて下さい」と願っています。クリスチャンの場合は、神さまを介入させて、自分の感情と考えを客観的に見ることができます。
質問1「あなたは決断を下さなければなりません。頭に浮かぶこの新しい情報から、新しい記憶を作りたいですか?」「はい」か「いいえ」です。私たちは古い考えや記憶にとどまって、犠牲者であり続けることを好みます。でも、新しい記憶、新しい考えを作りたいですか?人がカウンセラーのところに行くときは、話を聞いてもらって、同意してもらいたいからです。カウンセラーが「それは間違っています」と言ったら、二度と行きません。本人が決断するしかありません。
質問2「何かを、何日もの間、何度も何度もリハーサルしても、あなたの頭から取り除くことができなかったものがありますか?それは、あなたをどのように感じさせましたか?」たとえば、「赦そう、赦そう」と努力したけどできなかった。「忘れよう、忘れよう」としても忘れられられなかった。それを思い出すと、体がこわばったり、空しくなり、無力感を覚えてしまう。
質問3.「有毒な要塞をどのように取り壊したら良いでしょう?」集中的な内省では、私たちの心臓は思考や意思決定に刺激を与えて貢献してくれます。心臓はあなたの脳や体の他の部分と常に連絡を取り合っており、あなたの思考生活の正確さと完全性をチェックしています。あなたが決断を下そうとしているとき、あなたの心臓は静かな言葉のアドバイスに飛び込みます。心臓は血液を送る単なるポンプではありません。「心が痛む」というときがありますが、本当は心臓が痛んでいるのです。ですから、神さまの声と心臓の声を聞くと、「自分は一体、何に囚われているのだろう」ということが分かって来ます。
第三は筆記です。
第一と第二は、静かに思ってきたことです。第三はそれらをまとめてノートに書くということです。現代人は読んだり、書いたりしません。頭に良いのは、本を読んで深く考えることです。そして、自分の中にある考えや感情を整理するために書くということは非常に重要です。なぜなら、書かないとずーっと同じことをグルグル考えてしまうからです。脳のデトックスのために、ノートを買いましょう。パソコンやiPadを使っても構いません。書くのが何故良いのか?書くことのプロセスが、記憶を統合し、考えていることを明確にするからです。言い換えると、無意識と意識を視覚的に見ることができます。そして、解毒する必要のある領域をよりよく見ることができます。まるでそれは、紙の上に脳を置くようなものです。私たちの脳の内側に、感情を司る大脳基底核というところがあります。そこには、海馬、扁桃体、脳梁があります。私たちが書くとき小脳が働き、こびりついている毒的なものの、接着剤をはがしているときなのです。キャロライン・リーフ師は文章ではなく、図式化しています。中心点から、放射状に広がっており、それがグループ化されています。中心から広がる、枝(ブランチ)が自分の問題の関心事なのです。そこに、「だけど、自分はできないとか、希望が持てないとか、お金がない」とか、毒的な考えがくっついていることも発見します。その頃の私は、亀有教会が中心にありコロナの問題がありました。そこから、いくつかの枝が出ていました。リタイア後どこで暮らすか、子どもや孫の世話、ブレイクして用いられたい、後継者が与えられてバイバイする。おもに4つの枝が出ていました。この作業をしていると、神さまは私をどのようにしたいのだろうか?神さまは私に何を望み、計画しておられるのだろう?そのため私は何を備えるべきなのだろう?つまり、自分からスタートした考えが、今度は神さまの視点からどうなのだろうか?旧約聖書でレビ人は、相続地が与えられていませんでした。民数記18:20「あなたは彼らの地で相続地を持ってはならない。彼らのうちに何の割り当て地も所有してはならない。イスラエルの子らの中にあって、わたしがあなたへの割り当てであり、あなたへのゆずりである。」その時、「私はイエス様の弟子としてすべてを捨てて従ってきたし、これからも従う。必要な住まいはイエス様が与えてくださる。キツネには穴があり、空の鳥には巣がある。主は、そのように備えてくださる」と、すかっとなりました。
第四は再訪です。
耳で聞くと、縫い物をする「お裁縫」に聞こえてしまいます。原書では、revisit「再び訪れる」となっています。キャロライン師はこのように解説しています。「再訪においては、書きとめたものを評価し、構築したい新しい考えはどうなるのか考えます。これを行なうには21日あるので、1日ですべてをやろうとしないでください。再訪は、紙の上で自分の考えを調べる機会があるだけでなく、情報に対する反応を考え直すことができます。そして、その考えがどれほど毒的であるかを評価し、それを書き直して健全で強力な記憶を図書館に収めることができます。毒的な考えを取り除き、新しい健康な考えに置き換えることであり、脳の再配線をすることです。」「再配線」って面白い表現です。本を見ると、大脳皮質の写真が載っており、健康な記憶と有毒な記憶があります。健康な記憶は網目のように神経が繋がっています。ところが、有毒な記憶はところどころ黒くなっています。まるで、茨が絡まっているようで他から遮断されています。解毒というのは、茨の絡まりと解きほぐし、新しくて健康的な記憶に置き換える脳外科手術をするということです。
聖書は、毒性に対するすべての正しい管理原則を示しているため、ガイドとして完璧です。たとえば、再訪段階で、私自身が明日のことを思い煩っていることに気づきました。マタイ6:25の聖句がそれに対する正しい考え方です。マタイ6:25「ですから、わたしはあなたがたに言います。何を食べようか何を飲もうかと、自分のいのちのことで心配したり、何を着ようかと、自分のからだのことで心配したりするのはやめなさい。いのちは食べ物以上のもの、からだは着る物以上のものではありませんか。」アーメン。「父なる神さまが私を面倒見てくれるので、明日のことは心配しない」と思考を再設計することができます。ですから、世俗的な心理学ではなく、神のみことばに概説されている原則に再訪するなら、確実に思考を書き直すことができます。このことは言い換えると、接着剤で枝を止めている状態です。ばらした後は、新たにくっつける必要があります。何度も申し上げますが、1日ではできません。これを何度も、繰り返し、最低21日はかかるそうです。しかし、これは1つのテーマですから、21日を3回巡ると、主要なテーマが解決されるかもしれません。「桃、栗3年、柿8年」と言われていますから、継続と忍耐が必要です。一度やめると、またスタートからやり直しになるそうです。それだけ、私たちの脳にこびりついている毒的な考えと感情は、しつこくて簡単には治らないということです。箴言4:20-23「わが子よ、注意して私のことばを聞け。私の言うことに耳を傾けよ。それらを見失うな。自分の心のただ中に保て。それらは、見出す者にとっていのちとなり、全身の癒やしとなるからだ。何を見張るよりも、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれから湧く。」アーメン。
第五はアクティブ・リーチです。
直訳すると「積極的に手を伸ばす」という意味です。これは、新しい考えを口に出して、宣言するということです。イエス様はこのように言われました。マルコ11:22-23「神を信じなさい。まことに、あなたがたに言います。この山に向かい、『立ち上がって、海に入れ』と言い、心の中で疑わずに、自分の言ったとおりになると信じる者には、そのとおりになります。」心の中で疑わずに、口で告白することが重要です。世の中にもこのように宣言して、自分を変えるという、assertionというのがります。しかし、それは根拠に基づかない断言であり、主張です。積極的、肯定的思考もその1つです。もちろん、積極的で肯定的な思考は良いものです。でも、古い毒的な考えをそのままにして、そこに新しい考えをくっつけてもどうなるでしょう?その人の深いところでは「できない、難しい」と思っています。ところが、「いや、できると信じれば、できるんだ」と宣言します。それは付け焼刃であり、3日と持ちません。心から信じていないことを告白するのですから、むしろ頭が混乱してしまうでしょう。そうではなく、新しい考えと感情がしっかりと根付くように告白し、そのように生きるのです。一度ついた古い轍を新しく変えるのは大変です。いや、こっちだとハンドルを切ってもすぐ元の道に引き込まれます。「あなたの脳を切り替える5段階の学習プロセス」は1つの方法です。私も懲りないでいろいろ試してきました。他の方法でも全く構いませんが、毒的な考えと感情を健康な考えと感情に置き換えることがゴールです。そのためには、自分から離れて、高い次元から見ることが重要です。詩篇139:23,24「神よ私を探り私の心を知ってください。私を調べ私の思い煩いを知ってください。私のうちに傷のついた道があるかないかを見て私をとこしえの道に導いてください。」アーメン。