2021.7.4「霊的な相続財産 ヨシュア24:14-15」

 きょうは「遺産」あるいは「相続財産」について学びたいと思います。この世においては、莫大な遺産相続を両親から受け継いだ子どもたちは、その分配に争議が起こり、挙句の果て、遺産を湯水のように使い果たすケースが多いと思います。もし、親から譲り受けた遺産を大事に使うならば、会社の設立や事業の拡大もゼロから始めるよりはずっと楽であります。ところで、聖書には霊的な相続財産について記されています。信仰もそうですが、もし、私たちが先祖から受け継いだ霊的な相続財産があるならば、どのように用いたら良いのでしょうか?

1.イスラエルの相続財産

 ヤコブの子孫、イスラエル民族は400年間、エジプトに住んでいました。最後にはパロ王から奴隷にされ、苦境に立たされました。その時、モーセが立てられ、イスラエルの民たちは紅海を渡って解放されました。しかし、約束の地を目の前にして、不信仰によって断念しました。そのため、40年間も荒野をさまようことになり、次の世代がヨルダン川を渡ることになりました。指導者はモーセから、ヨシュアに代わり、どんどんカナンの地を征服しました。まだ、先住民が住んでいましたが、12部族がカナンの地をそれぞれの部族に分割しました。聖書の巻末に地図が印刷されていますが、実際にはまだ自分たちのものにはなっていません。これから先は、先住民を追い出し、領土を確保することが求められました。ヨシュアが年を取り、遺言のようなことばが記されています。ヨシュア記24:14,15「今、あなたがたは主を恐れ、誠実と真実をもって主に仕えなさい。あなたがたの先祖たちが川の向こう、およびエジプトで仕えた神々を除き去り、主に仕えなさい。もしも主に仕えることがあなたがたの気に入らないなら、川の向こうにいたあなたがたの先祖たちが仕えた神々でも、今あなたがたが住んでいる地のエモリ人の神々でも、あなたがたが仕えようと思うものを、どれでも、きょう選ぶがよい。私と私の家とは、主に仕える。」このことばに対して、イスラエルの民は「私たちが主を捨てて、他の神々に仕えるなど、絶対にそんなことはありません。…私たちもまた、主に仕えます。主が私たちの神だからです」と誓いました。この箇所は、ヨシュアとイスラエルが交わした契約であります。最後に、ヨシュアは、民をそれぞれ自分の相続地に送り出しました。やがて、ヨシュアは110歳で死にました。

 この先の出来事は「士師記」に記されています。指導者ヨシュアを失ったために、12部族が自分たちのリーダーを立てて、先住民と戦わなければなりませんでした。士師記には重要なことが記されています。彼らが先住民と戦いに出かけるなら、主が彼らを渡してくださり、勝利ができます。これはまさしく主の戦いです。でも、絶対、守らなければならない条件があります。それは、先住民を必ず滅ぼし尽くすか、あるいは追い出すということです。もし、先住民を追い払わずに、一緒に住み、さらに結婚するならどうなるでしょう?イスラエルは彼らの神々を礼拝するでしょう。そうなったら、主は、彼らを追い払うことはしなくなるということです。その結果、先住民の方が強くなり、イスラエルの各部族を圧迫するようになります。では、なぜ、主はヨシュアが生きていた頃、イスラエルのために先住民を全部追い払って下さらなかったのでしょう?第一の理由がここにあります。士師記2:22「彼らの先祖たちが主の道を守って歩んだように、彼らもそれを守って歩むかどうか、これらの国民によってイスラエルを試みるためである。」つまり、神さまは、彼らが契約を守って歩むかどうか彼らをテストしたのです。「彼らの先祖」というのは、エジプトを脱出した後、40年間、荒野で育った人たちです。ヨシュアとカレブだけは年配ですが、あとは60歳以下だったと思います。彼らはヨルダン川を渡ってから、一致団結して、カナンを縦横無尽に攻め取りました。そして、ヨシュアが死ぬ前に12部族に分割しました。問題は、次の世代です。彼らが妥協して先住民を追い払わなかったのです。第二の理由は何でしょう?出エジプト記23:29,30「しかし、わたしは彼らを一年のうちに、あなたの前から追い払うのではない。土地が荒れ果て、野の獣が増して、あなたを害することのないためである。あなたがふえ広がって、この地を相続地とするようになるまで、わたしは徐々に彼らをあなたの前から追い払おう。」簡単に言うと、先住民がいなくなると、ライオンや熊、おおかみがそこに住み着くでしょう。だから、イスラエルの民が占領するまで、先住民に土地を管理させるということです。これは、第二のポイントで学びますが、悪霊を追い出したあと、家を空っぽにしておくと、一度出て行ったはずの悪霊が7つの悪霊と住み着くということです。神さまの考えは、その地を相続するようになるまで、徐々に彼らを追い出すという計画でした。つまり、約束の地に入ったからと言って、慢心せず、たえず戦って、領土を広げていかなければならないということです。

 申命記29:29「隠されていることは、私たちの神、主のものである。しかし、現されたことは、永遠に、私たちと私たちの子孫のものであり、私たちがこのみおしえのすべてのことばを行うためである。」このみことばは、霊的な遺産を相続するため、重要なことを教えています。神さまはあることを隠しておられます。それは、神さまが持っておられる神秘、ミステリーであります。同時に、神さまはあることを私たちと私たちの子孫のために、現してくださいます。これを神学的には啓示と言います。神さまは意地悪をして、私たちに隠しているのではありません。私たちのために隠しておられるのです。それは、私たちが飢え渇きをもって探し求めるためです。私たちはそれを得たあと満足して、留まってはいけません。主は、私たちがさらに、求め、開発・発展していくことを願っておられます。そのことと、相続地を得て行くことが良く似ています。神さまは子どもたちと子孫に、相続地を与えようとしていますが、一度で全部を与えることはしません。イスラエルの民が、先住民と戦い、彼らを追い出して、開発・発展していかなければなりません。そこで、留まって、妥協してしまうならどうでしょう?現状維持ではなく、逆に敵が支配するので後退することになります。せっかく、先祖が得た土地を失うということです。「彼らの先祖たちが主の道を守って歩んだように、彼らもそれを守って歩むかどうか、これらの国民によってイスラエルを試みるためである」とありました。主は私たちにテストを与えておられます。信仰によって、先住民を追い払い、開発・発展していくことを願っておられます。

2.個人の遺産相続

 箴言19:14「家と財産とは先祖から受け継ぐもの」。ビル・ジョンソンがある本の中で、「超自然的なことの相続財産」ということをおっしゃっています。一般的に、相続財産の目的とは何でしょう?遺産を受け継ぐことにより、両親が始めたところから、子どもたちが始めなくても良いということです。家の購入や、ビジネスを始める際も、10年も貯金する必要がないということです。何か特別で十分な遺産を受け継いだ場合は、下ではなく頂から始めることができます。子どもたちが生きているうちに、希望をもって、より遠くに、より速く進むことができます。単純に言うと、だれもが同じ地点から始められるわけではありません。人それぞれ、通り抜ける苦難が違います。聖書の概念は、1つの世代が次の世代に供給することによって、彼らを押し上げることができるということです。霊的な相続財産も同じように働きます。前の世代が残したものによって、次の世代ができるものがあります。このことに私たちが目覚めることが、神さまのご意志でありますが、多くのクリスチャンが見過ごしている重大なことでもあります。神さまは世代から世代へ、霊的な相続遺産が譲られて行くことを願っています。相続財産がある人は、何も支払わずにそれが得られることを、私たちは知っています。私たちが神さまの恵みを前の世代から受けるなら、前の世代が通った苦労をしなくても良いでしょう。そのことは「自分のことは自分で」というモットーとは違い、神さまが働いてくださる方法です。それは、ある人が他の人々に手を置いて、一定の領域と働きを分け与える恵みのようなものです。それらの人々は、恵みを無料で受けることができます。この方法は神の王国で機能する方法です。私たちは、すばらしい癒しの油注ぎがある人を見て、その人から、祈ってもらいます。その後、自分が人々のために祈ると、これまで見たことのないことが起ることがあります。それが、相続財産です。

 霊的な相続財産は、私たちを作るための効果的で有効的なものであり、王である神と王国を表現するものです。それは、私たちを満足させるためのものではありません。確かにそれは、楽しくて喜ばしいことであり、励ましを与えてくれます。でも、単に個人が消耗するためのものではありません。それは王である神と神の王国のために、ドアを開いて、以前よりもさらに影響を与えるためです。霊的相続財産と一般の相続財産と違うのは、1つの鍵です。一般の相続財産は、私たちが以前、持っていなかった何かを与えます。一方、霊的な相続財産とは、何かを取り戻すことであり、また、私たちが既に所有することを許可されていたものを現すためです。申命記29:29「隠されていることは、私たちの神、主のものである。しかし、現されたことは、永遠に、私たちと私たちの子孫のものであり、私たちがこのみおしえのすべてのことばを行うためである。」私たちが単純に必要なことは、既にそこにあるものに気付くことなのです。霊的な相続財産を得るとは、何年も前にだれかが百万ドルを自分の口座に振り込んでくれたことを、理解することと似ています。あなたは前からお金を持っていました。今、あなたはそれを自由に使うことができます。なぜなら、あなたはそこに自分のお金があることを知っているからです。そのことをパウロはこのように言っています。Ⅰコリント2:10,12「神はこれを、御霊によって私たちに啓示されたのです。御霊はすべてのことを探り、神の深みにまで及ばれるからです。…ところで、私たちは、この世の霊を受けたのではなく、神の御霊を受けました。それは、恵みによって神から私たちに賜ったものを、私たちが知るためです。」私たちが、自分の相続財産について学ぶとき、突然、私たちは神さまと共に使うべき力を持ちます。私たちがこれまで知らなかった、資源を呼び出します。そのとき、前の世代からの霊的な相続財産を、知識と経験と共に受け、自分たちの霊的な領域を獲得するのです。

 エリックはビル・ジョンソンの息子です。彼はmomentum「勢い」という本を書いています。「まだ若いのに、たくさんの霊的遺産をいただいて活躍しているなー」と思いました。彼は、50年間、先祖が決断したことを、どれだけ今の私たちが経験しているか、多くの人たちは知らないと言っています。ここからは彼の文章です。私の母方の両親は、GeneとNellであり、ベテルチャーチに50年間いました。私たちは彼らがしばしば「私たちは50年間以上、今、ベテルで毎日起こっていることを祈ってきたのよ」と言います(ベテル教会はリバイバルの最中です)。私にとってそれは驚くべきことであり、ベテルが枯れた困難な時代の物語も同時に聞いています。彼らはこの教会を去る機会はいくらでもありましたが、神がこの国のためにリバイバルを起こして下さるという預言のみことばを信じていました。だから、彼らはこの国の人たちが神に出会うために、環境を整えるために祈って留まっていたのです。私の父の両親は、Earlと Darliene であり、1970年から1980年までベテルチャーチの主任牧師でした。私の祖父のライフ・メッセージは「私たちの第一のミニストリーは、人生において、神に向かって礼拝することである」でした。祖父と祖母が愛をもって礼拝すると、人々がそれに感化されていきました。イエス革命が起こり、世界中から多くの人たちが教会にやってきました。ところが、教会は彼らのための準備ができていませんでした。なぜなら、彼らは正装してないし、彼らの行いも当時の教会に合っていませんでした。教会では、イエス革命でやってきた人たちと自分たちとの間に少なからず緊張感がありました。私の祖父と祖母の両家族は、両サイドに立ち、彼らが奇妙であっても、彼らを受け入れ歓迎しました。

 最近、私の祖母、父のお母さんであるDarlieneに、「レデングで起っていることを驚いていますか」と尋ねました。すると、彼女は「いいえ、このようなことが起ることを知っていました。多くの人たちが私を信じなかったけど、私は知っていたわ」と答えました。これこそが、正しい道筋にとどまり、完全な解決を与える美しい模範です。このことが結果的に、次の世代の人たちが、聖霊が溢れる体験をするための基礎になるのです。神が約束されたことが起るのを見ることができる時、私たちは力を与えられ、今、代価を払うことが容易になるのです。クリスチャン生活とは、ただ、私たちのためではないことを悟り、やがて来る次の世代のために代価を躊躇なく払うべきなのです。主は、栄光が次の世代へと、受け継がれていくことを願っておられます。

3.教会の遺産相続

 リバイバルというのは、「霊的復興」という意味であり、一定の都市や町で大勢の人が救われることです。その時、神の霊が著しく働き、罪の悔い改めと回心、病の癒し、奇蹟が起こります。2000年間の歴史を通して分かることは、その時のリバイバルが次の世代に効果的に受け継がれていないということです。次の世代を持ち上げるための、聖霊による溢れるばかりの勢いが、次の世代に運ばれていません。ボールが手渡されないで、落ちている状態です。一度、支配した霊的な領地がoccupy占有されなくなると、敵がやって来て、その領域を再び占有します。時が過ぎて、他の世代が起き上がり、不満足さを覚え、リバイバルの井戸を再び掘ります。しかし、彼らは以前と同じ場所から始めるのです。井戸は、人間性を象徴する土で埋まっています。私たちはスタート地点よりも進んだ所でバトンを渡さなければならないのに、世代から世代、挫折を味わってきました。2000年間の歴史を見て分かりますが、リバイバルがやって来ても、続くのは2年から4年間で、あとは消えてしまいます。繰り返されるパターンは、ある神学的な考えを発展させました。「リバイバルは教会を定期的に燃料補給させる力である。力とは、新しい情熱、新たな飢え渇き、新しいエネルギーである。しかし、彼らに言わせると、リバイバルは例外的であり、給油のために止まるけれど、当たり前のキリスト教になって終わる」という考えです。

 ビル・ジョンソンがこのように言っています。リバイバルは例外的なものではなく、むしろ、当たり前なことなのです。しるしと不思議、そして奇跡は、朝起きて息をするくらい、福音にとっては当たり前のことです。リバイバルこそクリスチャンの生活です。リバイバルとリバイバル後の2つに切り裂くことはできません。私たちは神の霊が溢れる人生の季節の外側に生きるつもりはありません。主の御霊は常に「栄光から栄光へと変えさせて下さいます」(Ⅱコリント3:18)。主の御霊は、常に前進するように働いています。神の国の性質は、「その主権は増し加わり、その平和は限りない」(イザヤ9:7)からです。歴史的な悲劇とは、リバイバルが来ては、去るということです。後に続く世代は、前の世代が成し遂げたことの記念碑を建てますが、霊的な領地を受け取って完全に治めません。おそらく、彼らは先人たちの支払った代価を払いたくないのでしょう。あるいは、過去のムーブメントを保護し、守るための組織を形作りますが、リバイバルの活動はしません。また、彼らは領域を無料で受け継いだために、開発・発展するための代価を払わないため、結局はそれらを失うのです。第一ポイントでも学びましたが、相続財産として受け継いだ領地では、前進なしでは生きて行けないのです。しかし、もし、私たちがその領地を確保したいなら、私たちはそれを拡大しなければなりません。私たちは拡大するためには、代価を支払わなければならないでしょう。最も早く領地を失う道は、働くことをしないで、ただ維持するために守りの姿勢を取ることです。私たちはマタイ25章のタラントのたとえから学ぶことができます。神さまは、タラントを運用しないで地面に隠したしもべを咎めました。私たちが拡張して増やさないことを選択することは、守ろうとして失うことを選択することなのです。

 先人が獲得した領地を次の世代が正しく占有して、さらに拡張していかないとどうなるのでしょうか?マタイ12:43-45「汚れた霊が人から出て行って、水のない地をさまよいながら休み場を捜しますが、見つかりません。そこで、『出て来た自分の家に帰ろう』と言って、帰って見ると、家はあいていて、掃除してきちんとかたづいていました。そこで、出かけて行って、自分よりも悪いほかの霊を七つ連れて来て、みな入り込んでそこに住みつくのです。そうなると、その人の後の状態は、初めよりもさらに悪くなります。邪悪なこの時代もまた、そういうことになるのです。」その家は掃除してあって、きちんと片付いていましたが、occupy占有されていなかったのです。そのため、敵が7つの悪霊を連れて来て、もっと悪くなります。ここで言われている「家」とは、個人であり、家庭であり、教会であり、教団です。あるいは、あなたのミニストリーの賜物や召命です。しかし、私たちの国(アメリカ)では、占有されていないあばたのような穴があり、そのところを敵が再び占有しています。たとえば、最も偉大なリバイバルが起ったホットスポットがあります。もし、あなたが、この地球上で神がなさったことを見たかったなら、そこへ行けば良いです。その場所とは、イエール大学です。この大学は、良いクリスチャンの人たちではなく、聖霊に満たされたリバイバリストが創設しました。彼らは人々が住んでいない領地のために代価を払いました。しかし、今日、この大学はリバイバリストたちではなく、反キリストの世俗主義者たちを生んでいます。栄光から栄光へと、新しい領地を獲得するかわりに、世代と次の世代は、与えられたものを守るために妥協していきました。彼らがかつて占有していた領地が、敵によって奪い取られ、かつての強さが現在は、もっとも大きな弱さになっています。

 私たち日本人は、本当のリバイバルを体験したことがありません。もちろん、小さなリバイバルが起こったかもしれませんが、すぐ消えてなくなりました。ですから、ある教会では「リバイバル」ということばが死語になっています。「そんな良い話はないんだから、こつこつやるしかない」と言っています。その一方、日本基督教団では、牧師と信徒も高齢化のために、2030年になると教会が半分消えてなくなると言われています。おそらく他の教団も同じ道を歩んでいくことでしょう。使徒の働きには「弟子の数が非常に増えて行った」とか、「こうして信者の数が増えて行った」という表現が度々出てきます。何か事件が起こり、それが解決した後、このことばが締めくくりのようになっています。教会は守りに入ってはいけません。領地を広げるためにチャレンジし、あるときは冒険をしなければなりません。そして、最も重要なことは信仰を継承させることです。圧倒的なことが起る、神さまのリバイバルを信じますが、同時に信仰を継承していくことも忘れてはいけません。ビル・ジョンソンの息子エリックは、父方では6代目のクリスチャンです。日本ではあまりみかけません。一代目はとても荒削りですが、5代、6代目になると信仰が自然とにじみ出てきます。ヨシュアは「私と私の家とは、主に仕える」と言いました。まずは、自分たちの家族全員が救われることです。さらには、孫やひ孫までも救われ、信仰継承、信仰拡大となることを願いたいと思います。