あなた自身が生まれるためには、あなたの父や母がおりました。父方や母方にもそれぞれの先祖がいます。何も問題がなければ、調べる必要はありません。しかし、どちらかの家系にパターン化した問題があるかもしれません。自殺、離婚、癌、暴力、早死に、破産、中毒等があるならば、一度調べる必要があるでしょう。私たちは良いものも先祖から受け継いでいますが、悪いものも受け継いでいます。悪いものというのが、きょう取り上げる「咎」です。咎は、罪とはいくらか異なります。きょうは、「家系の咎」と題して、聖書から学びたいと思います。
1.先祖の罪と咎
ダニエルは若い頃、バビロンに捕えられましたが、現在は高い地位に抜擢されていました。その頃、ユダの国は滅ぼされ、エルサレムは廃墟となっていました。ダニエルは先祖たちが犯した罪と咎に対して、代わりに悔い改めました。ダニエル9:16「主よ。あなたのすべての正義のみわざによって、どうか御怒りと憤りを、あなたの町エルサレム、あなたの聖なる山からおさめてください。私たちの罪と私たちの先祖たちの悪のために、エルサレムとあなたの民が、私たちを取り囲むすべての者のそしりとなっているからです。」ダニエルが、「私たちの罪と私たちの先祖たちの悪のために」と祈っています。「先祖たちの悪」は、正しくは「先祖たちの咎」です。咎はヘブライ語でアヴォンです。英語の聖書はiniquity「不法」となっています。しかし、アヴォンのもとの意味は、「曲げる、何かをゆがめる。何かを変える」という意味です。先祖が何らかの罪を犯したために、自然の性質がゆがめられたのです。また、先祖が何らかの罪を犯したために、サタンがそこに法的な権利をもって、何かの呪いを後代の人たちに悪さをします。日本ではそのためにお祓いをしたりします。ある程度の効果はあるかもしれませんが、仲間内でやっていることなので、根絶することはできません。クリスチャンの場合は、イエス様を信じて洗礼を受けると、かなりの範囲できよめられると思います。しかし、先祖が犯した罪が咎となって、影響を及ぼしていることがあります。たとえば、先祖が偶像にお参りして、子どもや孫をお願いしたならば、その契約が残ることになります。もし、悪魔がそこにいたなら、「よしゃ、分かった。俺に任せなさい」と言うでしょう。そのため、私たちは先祖が交わした契約をキリストの御名によって破棄しなければなりません。箴言26:2「逃げる雀のように、飛び去るつばめのように、いわれのないのろいはやって来ない」と書かれています。
本日のテキスト、Ⅱサムエル21章に戻ります。ギブオン人とはだれでしょう?ヨシュアたちが、ヨルダン川を越えて、最初にエリコを勝ち取りました。ギブオン人たちは、いずれ自分たちも滅ぼされると考えて、策略を設けました。彼らは繕った古いサンダルをはき、ボロボロに擦り切れた服を着て、乾いたパンを持ち、遠くから来たように見せかけました。彼らは「私たちはあなたのしもべです。私たちと盟約を結んでください」と言いました。その時、ヨシュアは神さまに伺いをたてることをせず、彼らを滅ぼさないという契約を結びました。しかし、三日たったのち、彼らはすぐ近くの町に住む人たちであることがわかりました。しかし、既に彼らと契約を結んでいたので、手を下すことはできません。それ以来、彼らはイスラエルの奴隷となり、たきぎを割る者、水を汲む者となりました(ヨシュア記9章)。それから、400年たって、ダビデの王朝の時代です。3年間、ききんがあって、作物は実らず、家畜も死ぬという悲惨なことが起りました。ダビデが主のみこころを伺うと、「サウロとその一族が、ギブオン人たちを殺したからだ」ということが分かりました。サウル王が神の民への熱心から、ギブオン人たちを殺したのです。それから、約4,50年もたって、ダビデの時代にききんがやってきました。人々が「雨が降るように」と熱心に祈っても、その祈りは聞かれませんでした。なぜでしょう?ダビデが主に伺いをたてると、それはサウルが犯した咎であることがわかりました。サウル王が契約を破ったことにより、悪魔が天を閉ざして、雨が降らないようにするという法的権利を得たのです。ダビデはギブオン人たちに、「何を償ったら、あなたがたは主のゆずりの地を祝福できるのか」と聞きました。すると「私たちを絶ち滅ぼそうとした者、私たちを滅ぼしてイスラエルの領土のどこにも、おらせないようにたくらんだ者、その者の子ども七人を、私たちに引き渡してください」と答えました。王は「引き渡そう」と言いました。ダビデは、ヨナタンの子メフィボシェテを惜しみましたが、仕方がありません。とても残酷な結末ですが、ギブオン人たちが、彼ら七人を殺して主の前に、さらし者にしました。まもなく、天から雨が降って来ました。三年間、祈っても雨が全く降らなかったのに、突然、主が彼らの祈りを聞いてくださいました。それはイスラエルの歴史において、契約を破ったことが、雨をとどめていたのです。今、法的な権利が贖われたので、悪魔の力が砕かれて、breakthrough(打ち破り)がもたらされたのです。
ヨハネ9章に、生まれつきの盲人について、記されています。弟子たちは「先生。彼が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。その両親ですか」と聞きました。弟子たちは「この人が盲人で生まれたのは、だれかが罪を犯したせいであろう」と判断しました。日本でも、このような言い方をしないでしょうか?ある宗教の人たちは「先祖の供養が足りないからだ」と言うかもしれません。本人というよりもずっと先の先祖からやってきたと考えるところがあります。現代は遺伝子のせいにするかもしれません。しかし、あんなにぎっしり組まれた遺伝子の一体どこに欠陥があると分かるのでしょう?私たちキリスト教会は、アダムとエバが罪を犯したゆえに、病や障がいが入り込んだのだと言うかもしれません。そこまで、遠くなるとなかなか解決が見えません。でも、イエス様は「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神のわざがこの人に現れるためです」とお答えになられました。つまり、そのようなマイナスに神さまのわざが現れるということです。実際に、私たちはイエス様を信じると多くの面で回復が与えられることは確かです。Ⅰペテロ1:3「神は、ご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせて、生ける望みを持つようにしてくださいました。」
2.世代の呪い
イエス様を信じると、多くの呪いから解放されます。しかし、救われた後も、その人を縛っているケースもあります。クリス・バロトン師が“Spirit Wars”『霊の戦い』という本の中で、ご自分の証をしています。彼は牧師になる前に車の修理工場を経営していました。その頃、3年間もパニック発作に見舞われ、とうとう神経衰弱になりました。ある時、彼は研修を受けるためにロサンゼルスのホテルで、孤独な1週間を過ごしていました。週の終わり、霊の戦いの真っただ中にあった彼が神さまに尋ねました。「この死の霊はどうして、私の人生にやってきたのですか?」直ちに、主の声が聞こえました。「一人の男性が、若かった頃のあなたのお母さんに恋をしました。彼はお母さんを説得して、タロットカード占いをしました。その男性は、嫉妬に駆られて、あなたの家族を呪い、あなたのお父さんを殺し、あなたのお母さんの将来を破壊したのです。」クリスは床に打ち倒されました。真夜中でしたが、お母さんに電話をしないと気持ちが納まりませんでした。彼女は半分、ねぼけて電話に出ました。彼が主に語られたことを話すと、熱心に耳を傾けました。彼は「ママ、その状況について知っている?」と聞きました。長い沈黙があり、お母さんが電話の向こうで、すすり泣いているのが分かりました。「そうよ」と震える声で答えました。「私が10代の頃、あなたのお父さんとデートをしていました。けれど、お父さんよりも年上の男性が私に恋をしたの。その男性は、あなたのおじいちゃんと親しい友人で、あなたのお父さんに嫉妬したの。ある日、お家にやってきて、将来を占ってあげると言いました。私は若くて無知だったし、彼をがっかりさせたくなかったので、同意しました。彼はこう言ったの。あなたは3度離婚するでしょう。あなたの最初の結婚は大きな不幸で終わるでしょう。他の2度の結婚も困難に満たされるでしょう。」
その年上の男性は、未来をあてたのではなく、彼女の家庭を呪ったのです。実際にそのことが、お母さんとその家庭に起りました。クリスが生まれた数年後、お父さんが夜中にうなされて、「私は死んでしまう。私は死んでしまう」と叫び出し、それが毎晩も続きました。お母さんがなんとか、なだめようとしましたが無駄でした。その6か月後、おじさんとボートで釣りに行き、嵐でボートが転覆しました。お父さんはおじさんを助け、一度、岸まで戻りました。そして、もう一度、ボートを取り戻すために海に向かいました。それっきり、帰って来ませんでした。泳ぎに達者であったお父さんが、海で溺れて死にました。クリスが3歳で、妹が1歳の時でした。2年後、お母さんは再婚しました。新しい継父は、クリスと妹が邪魔者であることをあからさまに態度に表しました。その上、継父は酒乱で、酔うと暴力を振るいました。しかし、継父は子どもたちだけではなく、亡くなった実の父をも毛嫌いしていました。父の遺品はすべて壊され、父方の親戚と会うことも一切禁じられました。クリスが13歳の時、お母さんはこの男性と離婚しました。そして、クリスが15歳の時、三度目の結婚をしました。しかし、状況は好転せず、虐待が続きました。そればかりではありません。クリスは大人になって悪霊の攻撃を受け、パニック発作に見舞われ、3年半に及ぶ地獄の日々を体験しました。
クリスは、これは「世代の呪い」であると言っています。まず、お母さんが、タロットカードによって占ってもらったことを悔い改める必要があります。確かに、お母さんには罪がなく、無知でありました。しかし、そのことを受け入れたことによって、私たちの家系に破滅が入る扉を開いてしまったのです。死の恐れという呪いが、私と私の子どもたちに入り、父親と同じように、私をも殺そうとしたのです。その夜、お母さんは自分の罪を悔い改め、その男を通して結んでしまった契約を破棄しました。クリスは、数か月後に、解放の基盤ができたことが分かりました。死の霊が家族全体の人生に働く、あなどりがたい敵であることが証明されました。クリスの息子ジェーソンと娘ジェイミーは、死の霊の激しい攻撃を受けていました。しかし、クリスのお母さんが悔い改めてから、家族の呪いは破られました。敵はもはや、自分たちのところにやってきたり、苦しめたりする権利がなくなりました。箴言26:2「不当に、呪いが来て留まることはない」(英訳)。イエス様が十字架で死なれた時、私たちをすべての呪いから解放するために、イエス様ご自身が呪いとなられました。悪魔と悪霊たちは、クリスチャンを苦しめる権利は既にないのです。しかし、彼らは霊的領域において無法者なのです。彼らは、どこでも神の法を破り、いつでも権威をなめています。まるで、ハリケーン・カトリーナがニュー・オリンズを襲ってきた時のようです。警察官が通りにいないので、何千人もの略奪者たちが、留守の家を荒らしました。悪霊たちも法を無視して、霊的な権威のない空っぽの生活を略奪しているのです。無知なクリスチャンが力のない文化を創造し、その結果、この世は、悪霊は制御できないことを経験しています。
日本ではタロットカード占いをする人はほとんどいないでしょう。その代り、拝み屋とか霊能者がいるのではないでしょうか?「政治家のほとんどに霊能者がバックについている」ということを聞いたことがあります。経営者もこれから先どっちに行くべきか、占ってもらっているのではないでしょうか?たとえば、両親が良かれと思って、子どものために将来を占ってもらうこともあるでしょう。そうすると、良いことが起ると同時に、何らかの束縛も入ってくるのではないでしょうか?つまり、願い事や占いは、悪霊に対して、扉を開いたことになるからです。かつて、奥山実先生が解放の仕方を教えて下さったことがあります。悪霊からの解放とか断ち切りを行なう前に、当人がイエス様を救い主、そして主として信じる必要があるということです。聖書に、空っぽのままの家であるなら、あとから7つの悪霊を連れてくるという物語があります。つまり、ご自分の中に神であり、主人であるイエス様がおられる必要があります。その後で、父や母、だれかが結んだ契約を主イエスの御名によって破棄する祈りをします。クリス・バロトン師がこう教えています。「一般的な呪いは、それを生み出した人が生存していて悔い改める意思がある場合、容易に断ち切ることができます。しかし、あなたの家族や居住している都市や国が世代の呪いを受けていたり、その呪の元凶となった人が死んでいる場合があります。その時は、あなたが身代わりの悔い改めをすることによって、世代の呪いを断ち切ることができます。」アーメン。
3.家系の咎をきよめる
悪魔が私たちの家系に流れている咎を用いて、悪さをします。咎のもとの意味は、「曲げる、何かをゆがめる。何かを変える」ということを第一ポイントでお話ししました。先祖が何らかの罪を犯したために、自然の性質がゆがめられたのです。また、先祖が何らかの罪を犯したために、サタンがそこに法的な権利をもって、何かの呪いを後代の人たちに悪さをします。まず、私たちは主イエス・キリストを信じたことによって、神の家系に連なっているという理解を持つことが何よりも前提です。Ⅱペテロ1:4「その栄光と徳によって、尊い、すばらしい約束が私たちに与えられました。それは、あなたがたが、その約束のゆえに、世にある欲のもたらす滅びを免れ、神のご性質にあずかる者となるためです。」アーメン。私たちはキリストを信じることによって、新しく生まれ変わった存在です。私たちはこの世の滅びから脱出し、神さまの性質をいただきました。この神さまの性質は、家系に流れている咎に対して、抵抗する力があります。
テトスはパウロから、クレテ島を牧会するように命じられました。しかし、クレテの人たちはとっても悪い人たちでした。言い換えると、家系の咎が著しかったということです。テトス1:10-12「実は、反抗的な者、空論に走る者、人を惑わす者が多くいます。特に、割礼を受けた人々がそうです。彼らの口を封じなければいけません。彼らは、不正な利を得るために、教えてはいけないことを教え、家々を破壊しています。彼らと同国人であるひとりの預言者がこう言いました。『クレテ人は昔からのうそつき、悪いけだもの、なまけ者の食いしんぼう。』」彼らは未信者ではなく、新生したクリスチャンです。でも、彼らの家系がその島の文化によって悪影響を受けていました。「クレテ人は昔からのうそつき、悪いけだもの、なまけ者の食いしんぼう」と言われています。パウロはテトスに、彼らをきびしく戒めて、信仰が健全になり、新しい性質が生じるように命じています。世代から受け継いできた文化に、合わせてはならないということです。ローマ12:2「この世と調子を合わせてはいけません」とあります。「合せてはならない」というギリシャ語は「順応する、同化する」と言う意味です。J.Bフィリップは「鋳型にはめられるな」と訳しています。ですから、クレテのクリスチャンは家系の問題を取り扱う必要があるということです。曲がったものや、ゆがめられてしまったものを止めて、あるべき状態に変えるということです。パウロはそのことを咎がきよめられることだと言っています。テトス2:14「キリストが私たちのためにご自身をささげられたのは、私たちをすべての不法から贖い出し、良いわざに熱心なご自分の民を、ご自分のためにきよめるためでした。」アーメン。
私たちが家系の咎の問題を扱うとき、私たちの家族に神のご意志に対して、曲がったものがあるかどうか気づく必要があります。たとえば、クレテの人たちは、「うそつき、悪いけだもの、ななけ者の食いしんぼう」でした。世代間の咎がこのように彼らを形成していたのです。たとえば、あなたの家系に中毒や依存症があるでしょうか?性的なもの、アルコール、ギャンブル、何等かの中毒です。ちなみに、英語ではaddictionと言いますが、中毒も依存症も同じことです。あるいは、怒りの問題があるでしょうか?あるいは、暴力や虐待の問題があるでしょうか?親から虐待を受けた子どもが大人になると、自分の子どもも同じように虐待するそうです。まさしく、ゆがめられてしまっているのです。自分の親兄弟、おじさん、おばさんを見ると、何か一定のパターンが見つかるかもしれません。私は自分の家系にそのようなものがあるか調べてみました。私は非常にいじけるところがあります。いじけるとは、「強情を張る、いこじな、つむじ曲がりの」という意味です。私のおじいちゃんは、何があったか分かりませんが、本家からいただけるはずの財産を「いらない」と言ったそうです。おばあちゃんの実家は地主で大変金持ちであったようですが「いらない」と「こおり」1つで嫁いで来たそうです。ところが、私の父はそれが面白くなくて、本家に「俺に財産をくれろ」と怒鳴り込んだようです。でも、おじいちゃんが既に放棄していたので叶いませんでした。私の父は昔の国鉄に務めていましたが、何かの理由で突然、辞めてしまいました。労働組合に入っていたメンツからかもしれません。それから父の人生は狂い、酒を飲んでは母や子どもをたたくようになりました。私は「国鉄に務め続けていたなら、あのようにはならなかっただろうな」と思います。私の家系には「もう、いいよ。あんたの世話なんかならないよ」と意地を張って、もらえるはずのものを放棄する咎が流れているかもしれません。咎というのは、神さまの祝福をとどめてしまうところがあります。
コロサイ2:14「いろいろな定めのために私たちに不利な、いや、私たちを責め立てている債務証書を無効にされたからです。神はこの証書を取りのけ、十字架に釘づけにされました。」このところに「私たちを責めたてている債務証書」とありますが、悪魔がだれかが犯した咎を用いて、訴えているということです。それはあなたの親かもしれないし、先祖かもしれません。しかし、コロサイ2章にあるように、「神はこの証書を取りのけ、十字架に釘づけにされました。」このことは、イエス・キリストが十字架の上で私たちのためになされたことに土台しています。私たちが知っているものも、知らないものも、私たちを責め立てている証書が十字架の上に釘づけされたのです。私たちは改めて、信仰をもって、それらが無効にされていることを宣言すべきです。このように祈りたいと思います。「主よ、私はあなたの法廷に来て、あなたの前に立っています。主よ、あなたが私のために十字架でなさったことを、私の代わりに法廷で語って下さることを感謝します。私は私の個人的な罪とそむきの罪を悔い改めます。しかし、私の家系の咎をあなたの前に差し出します。悪魔が法的に私を訴えるものが何であるか、今、教えて下さい。私の父方から来る咎、私の母方から来る咎が何であるかを教えてください。私は家系においてゆがめられた、すべての咎を悔い改めます。私はキリストの血が私の家系に語ってくださるように願います。私は悪魔が用いている法的権威が取り消されるように願い求めます。ありがとうございます。主イエス様、あなたの血が私に語っています。主よ、あなたはコロサイ2:14のごとく、責め立てている証書を十字架で取り除いてくださって感謝します。私が知っているものも、知らないものも、十字架に釘づけして取り除いてくださったことを感謝します。」