<マタイの福音書26章36節-41節>
26:36
それからイエスは弟子たちといっしょにゲツセマネという所に来て、彼らに言われた。「わたしがあそこに行って祈っている間、ここにすわっていなさい。」
26:37
それから、ペテロとゼベダイの子ふたりとをいっしょに連れて行かれたが、イエスは悲しみもだえ始められた。
26:38
そのとき、イエスは彼らに言われた。「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここを離れないで、わたしといっしょに目をさましていなさい。」
26:39
それから、イエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈って言われた。「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。」
26:40
それから、イエスは弟子たちのところに戻って来て、彼らの眠っているのを見つけ、ペテロに言われた。「あなたがたは、そんなに、一時間でも、わたしといっしょに目をさましていることができなかったのか。
26:41
誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。」
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本日はプロテスタントの教会暦では、「棕櫚(しゅろ)の主日」と言われている日です。イエス様が受難直前に、ろばの子に乗ってエルサレムに入城されたとき、群衆が「ホサナ、ホサナ」と叫びながらイエス様を大歓迎し、棕櫚の枝を道に敷いたり、振ったりしたことからこう呼ばれています。今日から一週間を「受難週」と言います。金曜日は「受難日」、イエス様が約2千年前に十字架に架かられた日です。私たちはこの受難週を、「イエス様の苦難の十字架と復活に想いを馳せて主に感謝する時」とし、次週のイースターを迎えたいと思います。
イエス様の受難と復活は、キリスト教にとって中心となる大切な教理です。
ですからどの福音書にも詳細に記されています。
各福音書によって記されているエピソードは多少異なりますが、日曜日のエルサレム入城から、木曜深夜のゲツセマネの祈りまで、どのような出来事があったか簡単に辿ってみましょう。
・エルサレム入城
・エルサレムを視察
・いちじくの木を呪う
・宮を清める
・ユダヤの指導者たちとの論争
・貧しいやもめの献金
・終末預言(エルサレム神殿崩壊の預言、他)
・十字架刑の予告
・ベタニヤのマリヤによる高価なナルド油による葬りの準備
・イスカリオテユダの策略
・最後の晩餐(洗足、聖餐式)
・賛美の歌を歌ってオリーブ山へ
・ゲツセマネの祈り(受難の始まり)
ゲツセマネの祈りは、最後の晩餐の直後の出来事です。
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<マタイ26:36>
それからイエスは弟子たちといっしょにゲツセマネという所に来て、彼らに言われた。「わたしがあそこに行って祈っている間、ここにすわっていなさい。」
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ゲツセマネとは、「油絞り」という意味です。
イエス様が祈るために頻繁に出かけられた、オリーブ山のふもとにある園で、オリーブの油を絞る搾油所があった場所だと思われます。
このゲツセマネの祈りから、イエス様の本格的な受難が始まります。
2004年に公開されたメル・ギブソン監督の「パッション」という映画も、このゲツセマネの祈りのシーンから始まっていました。
イエス様は、ここに至るまでも、繰り返し弟子たちに十字架と復活の預言をされていました。
例えば、マタイの福音書20:18-19では、
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<マタイ20:18-19>
20:18
「さあ、これから、わたしたちはエルサレムに向かって行きます。人の子は、祭司長、律法学者たちに引き渡されるのです。彼らは人の子を死刑に定めます。
20:19
そして、あざけり、むち打ち、十字架につけるため、異邦人に引き渡します。しかし、人の子は三日目によみがえります。」
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・・・とこのように語られました。
弟子たちは、繰り返し聞かされたこの十字架と復活の預言を恐ろしく思い、理解しようとしませんでした。
弟子たちはイエス様からこの話を聞くたびに、このように考えたのではないでしょうか。
「なぜこの偉大な先生が、十字架などと、もっとも残忍な処刑の方法で殺されなければならないのか。そしてなぜ、三日目によみがえるなどとおっしゃられるのか」と。
父なる神様の御愛は、イエス様を通してあらわされました。私たち罪深い人間が、ひとりとして滅びることがないために、「なだめの供え物」として、ご自身のひとり子であるイエス様をこの世にお遣わしになることを決断されたのです。
ではなぜ、御自分の大切なひとり子を「なだめの供え物」となさったのでしょうか。
それは、
①「なだめの供え物」は、聖なる御方でなければならなかった。
ということです。
イエス様は、ご自身が神であられるのに、ご自分を無にして完全なる人となり(ピリピ2:6-8)、「なだめの供え物(ローマ3:25)」となってくださいました。しかし、私たちと同じ人間の肉体をお持ちにはなりましたが、罪は犯されませんでした(ヘブル4:15)。もしイエス様が私たちと同じようにアダムの罪の性質を持っておられたなら、「なだめの供え物」とはなれず、十字架の贖いは完成されませんでした。
イエス様が聖なる御方だからこそ、贖いを完成することができたのです。
ローマ3:25には、
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<ローマ3:25>神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供え物として、公にお示しになりました。それは、ご自身の義を現わすためです。
というのは、今までに犯されて来た罪を神の忍耐をもって見のがして来られたからです。
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と書かれています。
父なる神様は、「ご自身の義を現わすため」に、イエス様を、「その血による、また信仰による、なだめの供え物」として、公にお示しになりました。なぜなら、人間はアダムの罪を持って生まれてきているからです。その罪を身代わりに背負って供え物となれるお方は、聖なる御方、イエス様の他にはおられませんでした。
本日の聖書箇所に戻りましょう。
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<マタイ26:37-39>
26:37
それから、ペテロとゼベダイの子ふたりとをいっしょに連れて行かれたが、イエスは悲しみもだえ始められた。
26:38
そのとき、イエスは彼らに言われた。「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここを離れないで、わたしといっしょに目をさましていなさい。」
26:39
それから、イエスは少し進んで行って、ひれ伏して祈って言われた。「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願うようにではなく、あなたのみこころのように、なさってください。」
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イエス様は、この地にご自身が来られた使命をご存知でした。
先ほどもお話しましたが、イエス様ご自身が、何度も弟子たちに語られてこられたからです。
ではなぜ、その使命が達成されるのを目前にして、イエス様はこんなにも苦しまれたのでしょうか。
②イエス様が「ゲツセマネの祈り」で苦しまれたのはなぜでしょう。
ルカの福音書では、「ゲツセマネの祈り」の箇所にこう書かれています。
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<ルカ22:42-44>
22:42
「父よ。みこころならば、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、みこころのとおりにしてください。」
22:43
すると、御使いが天からイエスに現われて、イエスを力づけた。
22:44
イエスは、苦しみもだえて、いよいよ切に祈られた。汗が血のしずくのように地に落ちた。
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イエス様が、「汗が血のしずくのように地に落ちた」ほど、苦しまれたのは、なぜでしょうか。
イエス様を捕らえて殺そうとしている祭司長や律法学者たちが恐ろしかったからでしょうか。
嘲(あざけ)られ、罵(ののし)られ、鞭で打たれ、茨の冠をかぶせられ、拷問を受け、十字架刑に処されることが恐ろしかったのでしょうか。
確かに、イエス様は完全な人となられたので、肉体は私たちと同じように弱く、当然痛みも感じます。
しかし、イエス様が苦しまれたのは、そういう恐れや肉体的な痛みなどではありません。イエス様がもっとも苦しまれたのは、「父なる神に見捨てられること」です。
<マタイ27:46>で、イエス様は十字架に架かられた時に、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか。」と叫ばれました。
つまり、「死ぬ」ということは、イエス様にとってそれまでずっと続いてきた、父と子の親しい交わりが絶たれるということになるのです。
死生観について、よくキリスト教の考えと引き合いに出されるのは、ソクラテスの思想です。
ソクラテスは、イエス様が生まれる400年以上も前の人で、古代ギリシャの哲学者です。ソクラテスは、70歳になったときに、「アテナイの国家が信じる神々とは異なる神々を信じ、若者を堕落させた」などの罪状で公開裁判にかけられ、死刑が確定しました。ソクラテスは、親しい友人や弟子たちと最後の問答を交わし、毒ニンジンの杯をあおって死にました。この時の様子が弟子プラトンの著作「ソクラテスの弁明」に記されていますが、ソクラテスは、「死」について、このように語っています。
「死を禍(わざわ)いだと考える者は間違っている。また、死は一種の幸福であるという希望には有力な理由がある。つまり死は次の二つの中のいずれかであるはずなのだ。すなわち死ぬとは『純然たる虚無への回帰を意味し、死者は何ものについても何の感覚も持たない』か、『それは一種の更生であり、この世からあの世への霊魂の移転』であるのか。」
・・・どちらにしても、「楽しき希望をもって、死と向き合うことが必要だ」とソクラテスは言ったそうです。
ソクラテスは二つのうちの後者の方、『それは一種の更生であり、この世からあの世への霊魂の移転』だと考えていたようで、「死ぬことは汚れた肉体から魂が離れ、自由になることだ」と言って死にました。
しかし、聖書の神様は、「生ける神」です。死ぬことはけっして自由などではありません。
死ぬことはサタンに引き渡されるということです。
イエス様は、父なる神の御子であり、聖霊なる神とともに、三位一体の唯一の神です。
まことの神であるイエス様が、まことの人となり、「死んで葬られて陰府にくだる」のです。
サタンの闇の支配に身を置かれるということです。
その支配から勝利し、三日目によみがえる事がわかっていても、一時であっても、父なる神との親しい交わりから引き裂かれ、切り捨てられ、断絶され、裁かれ、呪われることは、聖なる御方、イエス様にとって耐え難い苦しみでした。
ですからイエス様は、「わが父よ。できますならば、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。」と父なる神に祈られたのです。イエス様が苦しみもだえて、「取りのけてください」と願われた杯とは、イザヤ51:22や、エレミヤ25:15に書かれているように、「神の怒り、憤り」をあらわしています。
<ローマ5:12>に、 「そういうわけで、ちょうどひとりの人によって罪が世界にはいり、罪によって死がはいり、こうして死が全人類に広がった・・・」
と書かれているように、神様の怒り、憤りは、「死」「永遠の滅び」という形であらわされました。
私たち人間は、アダムの罪によって死がはいり、「死」つまり、闇の世界のサタンに引き渡されたのです。私たち人間は、父なる神様から遠く離れてしまい、「見捨てられる」というより、自分たちの方から「離れている」状態でした。イエス様の十字架と復活がなければ、イエス様が神様と人間との仲保者になってくださらなければ、闇に支配され、滅び行くだけの存在でした。
ソクラテスが、もしイエス様の十字架の贖いと復活を知っていたら、新約聖書の時代に生きていたら、なんと言ったでしょうか。私たちは、つくづく恵みの時代に生きていて幸いだったと思います。
イエス様は、こう言われました。
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<ヨハネ11:25 >
イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。」
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イエス様は、「ゲツセマネの祈り」の中で、神の御心を知ることができました。
そして、神の御心に従われたのです。
これは誰のためでしょうか。私たち人間の罪のためです。
ご自分のひとり子をお与えになるほどに、神様は私たちを愛してくださいました。
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<Ⅰヨハネ4:10>
私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。
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しかし父なる神様はイエス様をお見捨てにはなりませんでした。
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<ピリピ2:9-11>
2:9
それゆえ、神は、キリストを高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになりました。
2:10
それは、イエスの御名によって、天にあるもの、地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、
2:11
すべての口が、「イエス・キリストは主である。」と告白して、父なる神がほめたたえられるためです。
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イエス様はよみがえられることで、死に打ち勝ち、勝利されました。
それゆえに、神様は、イエス様を高く上げて、すべての名にまさる名をお与えになったのです。
最後に、③「心は燃えていても、肉体は弱いのです。」と語ってくださるイエス様。
についてお話したいと思います。
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<マタイ26:40-41>
26:40
それから、イエスは弟子たちのところに戻って来て、彼らの眠っているのを見つけ、ペテロに言われた。「あなたがたは、そんなに、一時間でも、わたしといっしょに目をさましていることができなかったのか。
26:41
誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。」
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本日は、読みませんでしたが、続く42節-46節では、イエス様はその後また、祈りに戻られ、また弟子たちのところに来られましたが、また弟子たちは眠っていました。そうしたことを弟子たちは3度繰り返しました。
悲しみのあまり、死ぬほどだったイエス様は、愛する弟子たちに共に祈ってもらいたいと願われました。しかし弟子たちはその願いに応えられず眠ってしまいました。この時の弟子たちへのイエス様のことば、「誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。」というお言葉ほど、慈愛に満ちたものはありませんでした。
イエス様は、まことの人となられたので、私たちと同じように、食事をされ、涙を流され、疲れを覚えられ、眠られました。人間の肉体の弱さをご存じだからこそ、このように語られたのです。そして、後に弟子たちが直面する様々な誘惑について心配され、そして励まされたのです。
ペテロ、ヤコブ、ヨハネ。この時にここにいた3人はその後どうなるのでしょうか。
ゲツセマネの祈りの直後、イエス様は捕らえられます。
そしてその時ペテロは、イエス様を3度も「知らない」と言います。
しかし彼は後に聖霊を受けて力強く働いて殉教しました。
雷の子と呼ばれ、後にイエス様の母マリヤのお世話をすることになるヨハネは、老年になるまで生きて、福音書や手紙を書き残しました。黙示録を書いたのがこのヨハネだとすれば、彼は晩年パトモス島に追放されました。
ヨハネの兄弟ヤコブは12弟子最初の殉教者です。彼は使徒の働きに出てくるステパノのように華々しく殉教したのではなく、使徒12章の初めにたった1行、「ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺した」とヘロデ王に殺されたことが書かれているだけです。
イエス様は悲しみのあまり死ぬほどの思いの中で、弟子たちに、共にいてほしいと願われました。そのようなことは、イエス様の生涯を通じてただ一度のことだったと思います。しかし弟子たちは眠っていました。
神様から見捨てられ、もっとも信頼する弟子たちからも見捨てられながらも、イエス様は弟子たちの将来について、憂い、嘆き、彼らのために心からの愛情を込めて、「誘惑に陥らないように、目をさまして、祈っていなさい。心は燃えていても、肉体は弱いのです。」と語られました。
イエス様はその後、2度目に眠っていた弟子たちを起こすことはなさいませんでした。
彼らをいたわって休ませてくださったのです。
イエス様は、まさに孤独の苦しみに耐えながら十字架に向かわれたのです。
十字架刑の苦しみは、私たちの想像を絶するものだったと思います。
私たちのために、まさに私のために、十字架に架かって尊い血潮を流してくださった、救い主イエス・キリストに、大切なひとり子を与えてくださった父なる神様に、心からの賛美と感謝を捧げましょう。