2026.8.30「エジプトへのさばき エレミヤ46章」

◆聖書箇所: エレミヤ書46章(聖書引用:新改訳2017)

亀有教会副牧師 毛利佐保

 

  • 本日の中心聖句 

 

<エレミヤ46:25-27>

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46:25

イスラエルの神、万軍の主は言われる。「見よ。わたしは、テーベのアモン、ファラオとエジプト、その神々と王たち、ファラオと彼に拠り頼む者たちを罰する。

46:26

わたしは彼らを、そのいのちを狙う者たちの手に、バビロンの王ネブカドネツァルの手とその家来たちの手に渡す。その後エジプトには、昔のように人が住むようになる──主のことば。

46:27

わたしのしもべヤコブよ、恐れるな。イスラエルよ、おののくな。見よ。わたしがあなたを遠くから、あなたの子孫を捕囚の地から救うからだ。ヤコブは帰って来て、だれにも脅かされずに平穏に安らかに生きる。

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本日は、エレミヤ46章から、「エジプトへのさばき」について考えていきたいと思います。

46章から51章までは、預言者エレミヤによって語られた、周辺諸国へのさばきの預言になります。

 

エレミヤ書には、「ユダの王エホヤキムの第四年に」という記述が何度もでてきます。

それくらい大きな出来事が、この年にあったからです。

 

そこに至るまでの背景を少しお話しします。

 

◆エジプトへのさばき

① イスラエルとの関係の深さ

 

南ユダ王国が国力をなくして滅亡へと進む末期には、アッシリア、エジプト、バビロン、ペルシャなどの周辺国の属国とされていました。

 

エホヤキム王は、ヨシヤ王の息子です。

ヨシヤ王は、宗教改革などの主の目にかなった行いをした、善い王様でした。

その善い王様ヨシヤが、B.C.609年に戦死したときに、神は南ユダ王国の滅亡と捕囚を決断されました。

 

ヨシヤ王が命を落としたのは、「メギドの戦い」と言われる戦いです。

この戦いは、軍事大国となったエジプトの王パロ・ネコが、アッシリアに攻め込んだというものでした。

 

パロ・ネコは、南ユダと戦うつもりはなく、地形上、南ユダを通り道として使おうとしただけでした。

それなのに、ヨシア王は、どういうわけか勇んで出陣して、パロ・ネコに打たれてしまいました。

 

エジプトはアッシリアに勝利し、ヨシヤの後に王となった弟エホアハズは、エジプトに連行されました。

そして、エジプトの言いなりになる傀儡王としてエジプトが立てた王が、ヨシヤの子であるエホヤキム王です。

 

このエホヤキム王は、エレミヤが主のことばを口述し、書記バルクが巻物に記した預言の書を、ナイフで次々と切り裂いては、暖炉の火に投げ込んで燃やしてしまった、あの王です。

 

エホヤキム王時代の南ユダは、初めはエジプトの属国で、のちに新バビロニア帝国の属国になります。

「ユダの王エホヤキムの第四年」には、いろんな事が起こりました。

 

この年は、B.C.605年にあたります。エジプト軍がアッシリアの残党と連合軍を作り、新バビロニア帝国(バビロン)に攻め込み、歴史的な大敗退をした、「カルケミシュの戦い」が起こった年です。

 

南ユダは、エジプトの属国から、バビロンの属国となりました。

本日の46章はそのことを預言をした箇所となっています。

 

<エレミヤ46:2>

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エジプトについて、すなわちユーフラテス河畔のカルケミシュにいたエジプトの王ファラオ・ネコの軍勢について。ユダの王、ヨシヤの子エホヤキムの第四年に、バビロンの王ネブカドネツァルがこれを打ち破った。

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その通りのことがエジプトに起こりました。

 

エジプトと聞いて、みなさんはどんな印象を受けていますか?

私は、「ナイル川」「古代文明」「ピラミッド」「スフィンクス」「ツタンカーメン王」などしか思い浮かびません。

 

実は最近、亀有ゴスペルクワイアに、「エジプト舞踊」の先生が入会してくださいました。

聖書の学び会を一緒にしているので、私が知らなかったエジプトの文化をちょこちょこ教えてくれています。

とても楽しいです。

 

とにかく、エジプトと言えば、昔から存在している国で、イスラエルとは深い関係がありました。

旧約聖書の記述では、アブラハムの時代からエジプトが出てきます。少し整理してみましょう。

 

  • アブラハム(多くの国民の父、信仰の父)の時代(創世記12章)

アブラハムは飢饉のためエジプトへ下ります。

※ここでエジプトは「豊かな国」である一方、アブラハムにとっては危険な場所でもありました。

 

  • ヨセフ(アブラハム→イサク→ヤコブの11番目の息子)の時代(創世記37~50章)

ヨセフは兄弟たちの妬みによってエジプトに売られ、苦労の末、エジプトの宰相になりました。

※エジプトは、ヨセフを通してイスラエル(ヤコブ)の一家を救う舞台になります。

 

  • モーセの出エジプトの時代(出エジプト1-15章)

その後、「ヨセフを知らない新しい王」が現れ、イスラエル人は奴隷にされました。

神に命ぜられたモーセによって、イスラエルの民はエジプトから脱出します。(十の災い、紅海渡渉)

※ここでのエジプトは、神の民を支配する大国として登場します。

 

  • ソロモン王の時代(列王記3章)

イスラエル王国は国力を付け、エジプトのパロの娘を娶り、彼女をダビデの町に住まわせました。

※エジプトとイスラエルは、互いに友好関係を結びました。

  • エレミヤの時代

エジプトはさらに国力をつけ、政治的にも、軍事的にも力が増し加わりました。

逆にイスラエル王国は北イスラエル王国と南ユダ王国に分裂し、北イスラエルはB.C.722年に滅亡しまし

た。残った南ユダ王国は、ソロモン王の時代とは比べ物にならないほど衰退していました。

※ヨシヤ王が戦死してからは、エジプトの属国になりました。

 

  • イエス様の時代(マタイ2章)

「2歳以下の男児を殺せ」というヘロデ王の命令により、ヨセフとマリアは御使いに言われた通り、幼子の

イエス様を連れてエジプトへ逃れます。

 

このように、エジプトという国は「イスラエルの敵」というだけではなく、友好国、また避難場所にもなりました。

聖書をあらためて読むと、これらのエジプトとイスラエルとの関係は、すべて神の采配によるものだということが解ります。

 

エジプトの属国になった南ユダは、B.C.605年、「カルケミシュの戦い」以降は、新バビロニア王国の属国となりました。

 

後に、バビロンの王ネブカドネツァルに反発した王たちは処刑されたり、捕囚されたりして、南ユダ王国は、

B.C.586年、ついに滅亡しました。

預言者エレミヤは南ユダが滅亡した時にエジプトに連れて行かれ、生涯を終えました。

 

エジプトへのさばきについて、主はこう言われています。

 

<エレミヤ46:2-5>

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46:2

エジプトについて、すなわちユーフラテス河畔のカルケミシュにいたエジプトの王ファラオ・ネコの軍勢について。ユダの王、ヨシヤの子エホヤキムの第四年に、バビロンの王ネブカドネツァルがこれを打ち破った。

46:3

「盾と大盾を整えて、戦いに向かえ。

46:4

騎兵たちよ、馬に鞍をつけて乗れ。かぶとを着けて配置につけ。槍を磨き、よろいをまとえ。

46:5

何ということか、この有様は。彼らはおじ惑い、うしろに退く。勇士たちは打たれ、うしろも振り向かずに逃げ去る。恐怖が取り囲んでいる。──主のことば──

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エジプトがカルケミシュでの戦いで敗北したのは、実に不思議なことでした。

この「カルケミシュの戦い」は、歴史的に見ると、「エジプト」と「新バビロニア王国」という中東の行方を左右する、超大国同士の戦いということになります。

 

その時のエジプトとバビロンの軍勢はほぼ互角で、どちらかというと、エジプトとアッシリアの残党の連合軍の方が優勢だったと思われます。

 

しかし、実際に戦いがはじまると、なぜだかわからないけれど、『彼らはおじ惑い、うしろに退く。勇士たちは打たれ、うしろも振り向かずに逃げ去る。恐怖が取り囲んでいる。』という状態に陥りました。

その結果、エジプトは敗北したのですが、そうなってしまったのは、万軍の神のさばきによるものであるとエレミヤは語っています。

続いて本日の聖書箇所です。

<エレミヤ46:25-26>

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46:25

イスラエルの神、万軍の主は言われる。「見よ。わたしは、テーベのアモン、ファラオとエジプト、その神々と王たち、ファラオと彼に拠り頼む者たちを罰する。

46:26

わたしは彼らを、そのいのちを狙う者たちの手に、バビロンの王ネブカドネツァルの手とその家来たちの手に渡す。その後エジプトには、昔のように人が住むようになる──主のことば。

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全くその通りの事が起こりました。

主がすべての出来事を、主のご計画をもって行われているということがわかります。

 

◆エジプトへのさばき

② その後のエジプト

 

エジプトという国の歴史を、そこまで興味をもって見たことがなかったので、今回は良い機会となりました。

ざっと、カルケミシュ以降の歴史を見てみます。

 

B.C.605年 カルケミシュの戦い

B.C.525年 ペルシャ帝国に征服される

B.C.332年 ギリシャのアレクサンドロス大王が征服

B.C.305年 プトレマイオス朝(B.C.51年-30年クレオパトラ、カエサル、アントニウス)

B.C. 30年 ローマ帝国の支配

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そして、イエス様がこの地にお生まれになりました。その後を見てみましょう。

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7世紀 アラブ人に征服される・イスラム化

16世紀 オスマン帝国の属国になる

19~20世紀 欧州列強の影響(イギリスによる支配)

1952年 エジプト革命(イギリスによる実質的支配から逃れる)

1956年 スエズ危機(スエズ運河の取り合い)

1967年 第三次中東戦争

1973年 第四次中東戦争

1979年 エジプトと、イスラエルとの平和条約が締結される(歴史的出来事)

2011年 エジプト革命(反政府運動が起こり、ムバラク大統領が退陣)

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これ以降のエジプトも、政治的には落ち着かない状況が続いています。

 

エジプトは7世紀以降、圧倒的にイスラム教徒が多い国となりましたが、キリスト教とは深い関係があります。

エジプトの人口は約1億人を超え、そのおよそ90%がスンニ派イスラム教徒、約10%がキリスト教徒と推定されています。

 

キリスト教徒は少数派ですが、決して小さな存在ではなく、1000万人規模のキリスト教徒がいると考えると、日本のキリスト教人口100万人とは比較にならない大きさです。

エジプトのキリスト教徒の中心が「コプト正教会」です。形式としては、カトリックに近いです。

エジプトは、表向きは信教の自由が認められていますが、このコプト教会は、たびたびイスラム過激派のテロの標的にされています。教会が襲われたり、信徒が襲われたりして、国を混乱させています。

 

伝統的には、使徒パウロと行動をともにしたマルコが、エジプトにキリスト教を伝えたとされています。

そしてカイロに次ぐ、第二の都市であるアレクサンドリアは、初代教会時代からキリスト教神学「アレクサンドリア学派」の重要な中心地になりました。有名な学者は、クレメンス、オリゲネス、アタナシウスあたりです。

 

いやぁー。昔神学校で学んだ人物たちが出てきて、ちょっとおなか一杯になってきました。

とにかくエジプトは、旧約聖書の時代→イエス様の時代→初代教会までずっと聖書の物語とつながっている国だということです。

 

イスラエルを脅かしてきた、アッシリアもバビロンもペルシャも国の名前は残っていませんが、不思議なことに、エジプトは現在も残されています。

エジプトの歴史を見てみると、「人間の国は栄えては衰える」という歴史そのものです。

 

<エレミヤ46:15>

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なぜ、おまえの雄牛は押し流されるのか。それは踏みとどまり得ない。主が彼を突き倒されたからだ。

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「エジプトは弱い国だった」という話ではなく、むしろ逆で、「ものすごく強い国」だったのです。

しかし、エジプトの3000年以上の歴史を振り返ると、「本当に残ったものは何か?」という問いが出てきます。

ピラミッドを建てた古代の王たちも、軍事大国となった時も、奪い、奪われ、ペルシャや、ギリシャや、ローマ帝国、イギリスの属国を体験しつつ、争いの火種が現代まで残っています。

 

強大だったからこそ、「その力を過信するな。主を恐れ、信頼しなさい。」という神の言葉が響きます。

全ての主権は神にあり、神に信頼することこそ、平和への道だということが、このことからもわかります。

 

◆エジプトへのさばき

③ 祝福は削ぎ落として得る

 

<エレミヤ46:27>には、ユダの民たちに、恐れるな、主が救ってくださると語られています。

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わたしのしもべヤコブよ、恐れるな。イスラエルよ、おののくな。見よ。わたしがあなたを遠くから、あなたの子孫を捕囚の地から救うからだ。ヤコブは帰って来て、だれにも脅かされずに平穏に安らかに生きる。

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この言葉は、預言者エレミヤを通してユダの民に語られましたが、異邦人である私たちも、イエス様によって同じ祝福を得ることができます。

 

「幸せの引き算」という考えがあります。

現代社会は情報やモノに溢れ、次々と拡大して増やしていくのが良いとされる、「足し算」の世界です。

そこで全く逆の、「引き算」による幸せのあり方、という考えが注目されています。

 

たとえば、物や選択肢、欲望、あるいは人間関係などを「足す」ことで幸せになろうとするのではなく、あえて「引く(手放す・削ぎ落とす)」「執着しない」ことによって、本当に大切なものや本質的な豊かさに気づいたり、削ぎ落とすことによって、より豊かになっていくというライフスタイルです。

たとえば、筋トレなどで贅肉をそぎ落として、美しい身体を手に入れるといえば、解りやすいでしょうか。

今流行の、ミニマリズムや、無駄を削ぎ落として本質を見つめる「禅」の教え、また、人生の終わりの「終活」とかにも通じる考え方ですが、これは実は聖書の教えにも通じる考え方です。

 

無駄なものを削ぎ落とす(剪定する)ことで、より大きな実を結び、さらに豊かになるというプロセスを直接的に表した有名な聖書の箇所があります。

 

ヨハネによる福音書 15章1節〜2節の「ぶどうの木の例え」などがそうです。

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15:1

わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫です。

15:2

わたしの枝で実を結ばないものはすべて、父がそれを取り除き、実を結ぶものはすべて、もっと多く実を結ぶように、刈り込みをなさいます。

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新共同訳では、<ヨハネ15:2>「わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父が取り除かれる。しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる。」

と、「刈り込み」ではなく「手入れ」と書かれています。

 

「刈り込み」というと、「試練が与えられる」、「練られる」、ということかなと思ってしまいますが・・・

「手入れ(剪定)」という言葉は、ギリシャ語で「カタイレイ(καθαίρει)」と言い、「余計なものを取り除いて清める」という意味を持っています。

 

ぶどうの木は、そのままにしておくと余計な葉や無駄な枝が茂りすぎてしまい、本当に大切な「実」に栄養が行き渡らなくなります。そこで農夫(神)は、あえてその無駄な部分をバッサリと削ぎ落とし(引き算)ます。

 

これは決して木を痛めつけて貧しくするためではなく、「より豊かに、より質の高い実をたくさん結ばせるため」のポジティブな削ぎ落としです。

主は、人生の豊かさを手に入れるためには、自分を縛っている「余計な重荷」を削ぎ落とす必要があると説いています。

 

「余計な重荷」とは何でしょう。いろいろあります。

物質的・社会的な重荷、「財産、地位、名誉」などもそうですが、心の重荷「無駄な心配、人や物への執着、悪習慣」など、削ぎ落すべきものはたくさんあると思います。

 

それは、無駄を削ぎ落として、「清貧となる」というのではなく、「本質的な価値にエネルギーを集中させて、人生をさらに豊かにする」ための「手入れ(カタイレイ)」だと、主は語られています。

 

あなたが削ぎ落すべきものは、何でしょうか。余計な重荷はありませんか?

 

人間関係などは、特にデリケートです。家族だって、友人だって、自分の人生から削ぎ落して主にお委ねした方が、一時は辛くても、かえって良い方向に向かっていく事もあるでしょう。

 

何を削ぎ落として、何を残すか、それは日々主に聞いて行く必要があります。

エジプトは、余計なものをたくさん背負いすぎたので、結果的に良い実を結べていないのだと思います。

 

私たちが執着して掴んで離さないものについて、イエス様に教えていただき、手入れしていただきましょう。

エジプトのようなさばきに遭うことなく、より豊かな実を結ぶために、主に信頼して祈っていきましょう。